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ワールテルローの戦役で巨万の富 古沢襄
株の売買は一人が大儲けして九十九人が損をすると言ってもよい。しかし損をした話はあまり伝わらないで、大儲けした話が伝説となって残る。いつかは自分が伝説の人になろうと株の世界から抜けられない。

その伝説の話を倉田保雄氏は、その著書「ニュースの商人ロイター」(1979年 新潮選書)の冒頭で書いている。表題は「ワールテルロー・スクープ」。

フランスのナポレオンが没落したのは1815年にイギリスとフランスが戦ったワールテルローの戦役であった。ロンドン取引所は、この戦役に耳をそばだてていたという。ロンドン金融界の関心事は、ワールテルローの勝敗如何で大きな値動きをするコンソル公債に集中していた。イギリスが勝てばコンソル公債は大きく値上がりする。

ロンドン金融界にネイサン・ロスチャイルドという”強気の相場師”がいた。ネイサンが売りにでるか。買いにでるかに異常なくらい注目が集まる。イギリスはワールテルローの戦役に先立つキャトルブラの戦いでナポレオンに敗れている。

電信がない時代だから情報は”飛脚便”に頼るしかない。キャトルブラの敗戦も遅れて情報がもたらされたが、コンソル公債は下落し始めていた。ワールテルローの戦役でウエリントン麾下のイギリス軍がナポレオンに敗退すれば、コンソル公債は暴落する。売りによって儲けるのも株式の世界。

戦況はウエリントン将軍からイギリス本国にもたらされる”飛脚便”が早く正確なことはいうまでもない。相場師たちはイギリス政府筋に情報入手の網を張って待ち構えていた。

ネイサンは専用の飛脚を持っていたが、さらにドーバー海峡に専用の快速船を配置して速報体制をとっていた。政府の”飛脚便”よりも数時間も早い準備をしている。

1815年6月19日夜、イギリス軍の勝利を伝えるオランダの新聞の早版をかかえたロスワースがオランダのオステンド港から快速船に飛び乗り、20日未明にイギリスのフォークストーン港に着く。待ち構えていたネイサンは新聞にさっと目を通してロンドンに馬車を走らせた。

ここからが本題に入る。ネイサンはロンドン取引所でコンソル公債の売りにでたのである。”強気の相場師”の売り注文だから、「ネイサンはイギリス軍敗北の確実な情報を掴んだ」と誰も信じた。急落するコンソル公債を見ながらネイサンは売り注文にさらに拍車をかけた。

その一方で時計を見ている。イギリス政府の”飛脚便”がロンドンに到着する寸前に、一転してコンソル公債の大量買いに転じた。底値でコンソル公債を買ったネイサンはぬれ手の粟を掴んだことになる。

たった一日でネイサンは多くの召使いを使う身分となり、フランスのワットーやオランダのレンブラントの名画を買い漁る巨万の富を手にしている。その蔭にはどれだけ多くの人の夢と蓄財が失われたか分からない。

情報がカネになることを示した最初の人がネイサンだった。ケチなインサイダー取引とはわけが違う。

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