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軍事・カネよりは政治力 古沢襄
信長・秀吉・家康という人物像で、一番、庶民に人気があるのは秀吉。人気がないのは家康といっていい。また強烈な個性の持ち主だった信長は、現状改革派から好まれる。

私は自分の独断と偏見で家康を第一にあげる。その理屈をこねてみよう。

信長は桶狭間の戦いでみせた奇襲戦法、鉄砲を大胆に取り入れた戦術、そしてキリスト教宣教師を近づけた開明思想・・・すべての面で過去の日本歴史には無かった軍事的な天才である。合理的な思考の持ち主だといえよう。

しかし軍事的な天才は、すべての面で優れていたわけではない。旧来の陋習を破壊する果断な才能に満ちていたが、それ故に旧勢力から憎まれた。力で押さえている中は良いが、それには限界がある。軍事力だけで全国制覇することは出来ない。

秀吉はカネの力で、信長が果たせなかった全国制覇を実現した。信長の攻城法と秀吉の攻城法は明らかに違う。小田原城の包囲攻め、高松城の水攻めはカネの力がなくてはとても成り立たない。百姓から成り上がった秀吉はカネの力の信奉者だったといえる。

家康は戦には弱い戦国の武将だった。三方ヶ原の戦いで武田信玄から壊滅的な打撃を受けている。信長のような軍事的天才からみると明らかに劣っている。カネの面でも秀吉のような絢爛さがない。もっぱら節約一方で貧乏臭くケチである。

だが家康の身上は政治力にある。陰湿な腹黒さからいえば信長や秀吉よりも遙かに上である。それ故に家康はあまり人気がない。しかし、一度権力を握ると政治力こそが強味となる。私は徳川三百年の泰平の世は、その政治システムの精緻さによるところが大きいとみている。

家康の後の徳川将軍をみると傑出した人物を探すのに苦労する。バカ将軍であっても徳川政権が維持できたのは、家康が築いた幕僚政治にあったのではないか。二代将軍・秀忠はバカとはいわないが、平凡な男。戦国の世なら滅ぼされる筆頭の武将ではないか。

大名を窮迫させる参勤交代、外様大名を江戸から離れた遠隔地に転封して、その回りを親藩・譜代の大名で固める監視体制、しかも幕僚たちは容赦なく斬り捨て、新しい幕僚を登用することを繰り返してきた。それによって徳川三百年の泰平の世が続いたが、一国平和主義だったから、活力を失い明治維新という革命を招いたのも、政治の皮肉な現実である。

戦後政治の中で秀吉的だったのは田中角栄というのは論を待たない。信長的なのは小泉純一郎と小沢一郎であろう。ただ家康的なリーダーは、まだ出ていない。福田赳夫を家康に比す人もあろうが、スケールが小さ過ぎる。やはり家康は歴史に残る政治的なリーダーであった。ポピュリズムからは家康は生まれない。

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