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「じゃー、行ってくるよ」 古沢襄
沖縄サミットを前にして森元首相はサミット主要国を歴訪するスケジュールを立てた。小渕首相の急死で急遽リリーフ投手になっただけに諸外国にはあまり名が知られていない。通常なら東回りでクリントン米大統領に表敬訪問し、ヨーロッパからロシアというのが無難なスケジュールとなる。

私は西回りでモスクワに行き、登場して間もないプーチン大統領と会い、プーチン氏との会談を土産にしてブレア英国首相に会うのも手ではないかと言った。ついでにKGB時代に柔道をやっていたプーチン氏だから、柔道着を土産に持っていくのは、どうだろうと森氏に提言した。柔道着の土産は実現しなかったのだが・・・。

首相になり立ての森氏だったから、西回りは外務省から反対されて実現しないと思っていたが、これが実現している。森氏の父・茂喜氏は石川県根上町長を務めた地方政治家だが、シベリアのシェレホフ市に墓がある。森町長は生前にシェレホフ市を訪問、根上町と姉妹都市を結んだ。遺言でシェレホフ市に分骨した墓を森元首相が立てた。

西回りをしたことが縁となって、森・プーチンの友情関係が生まれている。プーチン大統領が森氏と一緒にシェレホフ市の茂喜氏の墓を詣でたことは、あまり知られていない。やはりモスクワ訪問を優先したのは成功だった。

しかし、あの時点ではモスクワ優先は冒険であった。政府専用機で羽田を出発する時に森氏は電話をくれた。「じゃー、行ってくるよ」と短い一言だったが、不安感があったのではないか。

洞爺湖サミットを前にして福田首相もサミット主要国の訪問の旅にでるようである。五月にモスクワを訪問して、プーチン大統領と初の首脳会談を行うことが計画されている。プーチン氏は大統領を退任した後もロシアで絶大な権力を保持するだろうから、森氏の例に倣って個人的な信頼関係を結んでおくことは必要なことである。

北方領土問題は森・プーチンのイルクーツク首脳会談を基礎にして再構築せねばならない。日中の関係改善の蔭に隠れている日ロ関係だが、石油、天然ガスなどの資源大国であるロシアとの経済協力を強めることは、日本の国益にとって欠かせない。

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