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錦糸町の45階住宅 渡部亮次郎
机を壁向きから北の窓向きに変えたから、パソコンから目を逸らすと錦糸町の高層ビル街と対面する事になる。中でも右端、昔の精工舎跡地に建ったマンションは45階だからひと際目立つ。霞ヶ関ビルより9階も高い。

錦糸町に45階?誰が想像しただろうか。ましてその奥が押上(おしあげ)という地名が証明しているように明らかに弥生時代は海だったところ。地盤の脆さは深川、江東区と似たり寄ったりのはずだ。

昭和29(1954)年から東京での学生生活を始めたが、当時住んだ文京区という都心でも、まだ戦災の跡として焼け焦げた門柱があちこちに転がっていた。

僅かに皇居に隣接する丸の内地区にマッカーサーに接収された明治生命などのビルが残って並んでいたが、どれも8階建てであった。しかし、これがそれまでの建築基準法による規制の結果とは知る由も無し、関心も無かった。

当然、マイカー時代はまだ到来せず、繁華街でも交通信号はあまり無かったように思う。したがって赤でストップ、青でゴーなんていう意識も無かった。走っているのはバスかトラック。主な道路の真ん中を都電が走っていた。

地方勤務を経て昭和39(1964)年夏、戻ってみたら東京は初のオリムピックを目指しての建築ラッシュ。思い起こせば青山通りが拡幅され掘り返されていた。羽田空港から都心まで初の高速自動車道が建設中だった。

そのオリンピック担当する大臣河野一郎氏を担当させられたから目を瞑る間も無いくらいの忙しさ。折から少雨渇水の夏対策も担当。加えて総理大臣池田勇人氏が喉頭「前」癌症状だという。残業時間が月200時間に達して、歯がぼろぼろになった。

港区の山手に新しく出現したホテルがなんと17階、頂上に回転ラウンジがあるという。しかし驚いてはいけなかった。間もなく官庁街霞ヶ関に東京霞ヶ関ビルが出現し、貿易センターが出現したからである。

<霞が関ビルディング霞が関ビルディング(略称:霞が関ビル)は、東京都千代田区霞が関3丁目にある地上36階、地下3階、地上高147mの超高層ビル(オフィス・商業複合施設)。所有者は三井不動産。

定義にもよるが、一般的に日本最初の超高層ビルとして知られている。設計は山下寿郎設計事務所、施工は三井建設と鹿島建設によるJV(共同企業体)、事業主体は三井不動産である。

東京倶楽部が経営していた旧・東京倶楽部ビル跡と霞会館(旧・華族会館)の敷地に建設され、1965年(昭和40年)3月18日に起工、1967年(昭和42年)4月18日に上棟し、1968年(昭和43年)4月18日にオープンした。耐震設計として鋼材を組み上げた柔構造を採用している。

関東大震災の教訓から東京では31mという高さ制限(いわゆる百尺規制)があったため、当初は9階建てのビルの計画であったが、1962年(昭和37年)8月に建築基準法が改定され、高さ31m制限が撤廃されることとなったために高層ビルへ計画変更された経緯がある。

日本においてはじめての高層ビルの建設のため苦労も多く、そのエピソードはNHKのテレビ番組『プロジェクトX 挑戦者たち』でも取り上げられた。

竣工当時、最上階36階に展望台があり賑わいをみせていたが、その後オフィスに改装された。33階に東海大学校友会館が入居しているが、卒業生などに限らず、普段から自由に(会議や一般で言うところの「飲み会」)などに利用されている。

ビルの総容積は約50万立方メートル(総重量約10万トン)あり、東京ドームが竣工する前は莫大な体積を表現する際に「霞が関ビル何杯分」という表現がよく使われていた。

かくて竣工から40年が経過し、隣接する霞が関コモンゲート西館(175.78m)と東館(156.67m)は、霞が関ビルの高さを上回っている。>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

武藤という東大教授が「撓(しな)う竹は折れないことにヒントを得て構想。地震のエネルギーをしなう事で吸収することで解決。31メートル制限は一気に「無制限」になった。

新宿の淀橋浄水場跡地の超高層ビル街は正午のNHKニュースのバックになっているぐらい有名だが、いまや隅田川の河口の先にある佃島も超高層ビルが乱立。東京湾「夢の島」埋立地周辺の「マンション」の高さも相当なものだ。

今や東京のみならず、超高層ビルは全国いたるところに出現。日本のオフィス、住宅事情に革命をもたらした。そういう筆者の住まいも「川向こう」の湿地帯にありながら20階ビルである。

「こんなに高層ビルばかり建てちゃって大震災の時はどうするんだろうと心配する人は多いが、人間は必ず死ぬと分かっていながら、それは自分ではない、と思うのが、これまた人間の常である。2008・01・07

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