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朝鮮半島非核化へ決意 渡部亮次郎
<【ソウル西脇真一】韓国大統領選挙で当選した野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)前ソウル市長(66)は一夜明けた20日午前、ソウル市内で記者会見した。

「核のない朝鮮半島平和時代を必ず切り開く。南北間で今、最大の懸案は北朝鮮に核を廃棄させることだ」と語り、朝鮮半島の非核化実現に強い決意を示した。李氏は来年2月25日、第17代大統領に就任する。

李氏は「国民は理念ではなく実用(主義)を選んだ。成長の恩恵が庶民と中産階級に届く新たな発展体制を開く」と、改革を断行して経済成長を推進する考えを示した。

「建国、産業化、民主化を経て今や、先進化へと進まなくてはならない」と述べ、新たな国家建設に着手する意向を明らかにした。

中央選管が20日未明発表した選挙結果(開票率100%)は、李氏と次点だった大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一相(54)との得票差が531万7708票で得票率差は22・6ポイント。過去8回行われた直接大統領選の中で最大の得票差だった。> 12月20日11時33分配信 毎日新聞

李明博氏は就任まで2ヶ月あまりも待たなければならない。その間政敵は陰に陽に妨害に走るし、狂信的なものは暗殺を企てる危険も否定できない。

韓国では朴正煕大統領が現に側近にとはいえ暗殺されたし、その前に起きた在日韓国人文世光による暗殺未遂事件(夫人が流れ弾で死去)は陰に北朝鮮=朝鮮総連ありと噂されたものだ。

特に今回は10年ぶりの政権交代であり、その分、10年間、得をして来た左翼の連中は利権を一挙に失うわけだし、北は「最大の懸案は北朝鮮に核を廃棄させることだ」と語られては何をするか分からない。身辺を十分、警戒すべきだ。

1968年1月21日未明、朴正煕韓国大統領暗殺未遂があった(青瓦台襲撃未遂事件)。北朝鮮の特殊部隊31名が朴大統領暗殺を企てソウル市内に侵入、銃撃戦により阻止された。

私は1977年6月、訪韓した際、襲撃隊員のたった1人の生き残りと会見したことがある。ソウルは電気もない貧しい街。襲撃は必ず成功すると教え込まれてやってきたが、未明に南山から市街を覗くと輝くばかりの夜景。「しまった、東京へきてしまった」と隊長が呟いた、と言っていた。

ところで「暗殺」はいつの時代にもある。古今東西変わらない。

1979年10月26日 韓国・朴正煕大統領、暗殺される。KCIAの金載圭部長による(10・26事件)。 それ以来現在までこれだけつづいている。何時あってもおかしくないのだ。

1980年9月 ニカラグア前大統領のアナスタシオ・ソモサ・デバイレ、亡命先で暗殺される。

1980年12月8日 歌手ジョン・レノン暗殺。犯人はマーク・チャップマン。ジョンをNYのダコタ・アパートに訪ね、イタリア街でご馳走になってから2年と経っていなかった。

1981年10月6日 エジプト・サーダート大統領暗殺。犯人はイスラム原理主義過激派ハリド・イスランブリ。

1982年4月30日 イタリア・シチリア共産党党首ピオ・ラトーレ暗殺。シチリア・マフィア。

1982年6月17日 イタリア銀行家ロベルト・カルヴィ暗殺。バチカン金融スキャンダル。
1982年9月14日 レバノン大統領就任直前にキリスト教マロン派のバシール・ジェマイエル暗殺。イスラエル破壊、キリスト教徒弾圧を目論んでいるとされたシリアによるもの。
1983年8月21日 ベニグノ・アキノ元フィリピン上院議員がマニラ国際空港到着後射殺される。黒幕はマルコス大統領と言われる(イメルダ夫人の関与も指摘されている)。

1984年10月31日 インド首相インディラ・ガンジー暗殺。犯人はシーク教徒の警官。報復として、3000人のシーク教徒がヒンドゥー教徒に虐殺された。

1986年2月28日 スウェーデンのオロフ・パルメ首相暗殺される。犯人は未だ不明。

1988年2月16日 俳優・スリランカ人民党党首ウィジャヤ・クマーラトゥンガ暗殺。

1988年9月26日 UNP政府閣僚ライオネル・ジャヤティルケ暗殺。犯人は人民解放戦線の狙撃手。

1990年3月22日 スーパーガンを開発しイラクに提供したカナダの技師ジェラルド・ブルが、ブリュッセルの自宅前で射殺される。犯人は不明だがモサド、CIAとも。

1990年11月5日 ニューヨーク・マンハッタンホテルでイスラエルの極右政党「JDL」党首、メイア・カハネ暗殺。イスラエルのヒトラーと言われ、イスラエル人の大多数からは危険視されていた。

1991年5月21日インド首相ラジブ・ガンジー暗殺。犯人はタミル人。

1991年7月12日 小説の「悪魔の詩」訳者、五十嵐一(筑波大助教授)が大学で刺殺。犯人は未だに不明だが、シーア派イスラム教徒による処刑と言う説が有力である。

1992年5月23日 イタリア治安判事ジョヴァンニ・ファルコーネ暗殺。犯人はシチリア・マフィア。

1992年7月19日 イタリア治安判事パオロ・ボルセリーノ暗殺。犯人はシチリア・マフィア。

1993年5月1日 スリランカ大統領ラナシンハ・プレマダーサ暗殺。

1995年4月23日 オウム科学技術省村井秀夫刺殺。犯人は徐裕行(村井刺殺事件)。

1995年11月4日 イスラエル首相イツハク・ラビン暗殺。犯人はユダヤ人宗教右派のイガール・アミル。パレスチナ和平の道が遠のく。

1999年10月26日 アルメニア首相ワスゲン・サルキシャンを含む8名が、議会に乱入した武装テロリストによって暗殺。

21世紀
2001年6月1日 ネパール国王ビレンドラ暗殺。宮廷晩餐会の席上、皇太子により銃撃され死亡したとされるが、王位を継承した弟のギャネンドラによるクーデターの可能性が疑われている。

2001年8月27日 過激なテロを計画・実行させたとされるパレスチナの強硬派、アブ・アリ・ムスタファPFLP議長暗殺。イスラエル軍によるもの。

2001年9月9日 アフガニスタン北部同盟のマスード司令官暗殺。犯人名不明。国際テロ組織アルカーイダの関与の疑いが持たれている。

2001年10月17日 イスラエルのレハバム・ゼエビ観光相暗殺。犯人はパレスチナ人民解放戦線(PFLP)。「アブ・アリ・ムスタファ暗殺の報復」と犯行声明。

2002年2月 アンゴラの民族運動指導者ジョナス・ザビンビ暗殺。

2002年2月14日 アフガニスタン暫定政府アブドル・ラフマン航空相暗殺。

2002年3月20日 ロシア・チェチェン武装勢力ハッターブ司令官暗殺。ロシア連邦保安局による。

2002年5月6日オランダの極右党党首ピム・フォルタイン暗殺。エコロジストによる。

2002年7月6日 アフガニスタン暫定政府アブドル・カディル副大統領暗殺。

2002年9月11日インド・カシミール州法相ムシュタク・ロン暗殺。

2002年10月25日 日本・石井紘基民主党衆議院議員暗殺。犯人は自称右翼の伊藤白水(尹白水)。

2003年1月25日 ロムロ・キンタナール元新人民軍司令官暗殺,フィリピン共産党和平派のカー・ロジャーの指令による殺害とされる。

2003年3月12日 ゾラン・ジンジッチ・セルビア共和国首相暗殺。ソロボダン・ミロシェビッチ前ユーゴ連邦大統領を退陣に追い込んだ中心人物。

2003年3月 イラク戦争に伴い、米中央情報局(CIA)、米軍特殊部隊で構成される特殊任務部隊がイラク国内に潜入、要人暗殺などの作戦を展開、数名のイラク高官を暗殺と報道。(ワシントン・ポスト紙)

2003年8月21日 パレスチナのハマース指導者イスマイル・アブー=シャナブ暗殺。イスラエル軍によるもの。ハマースがバスの中で自爆攻撃を行い、女性・子供を含む計20人を殺害したためとの説明。

2003年8月29日 イラク・イスラム革命最高評議会ムハンマド・バーキル・ハキーム師暗殺。

2003年9月10日 スウェーデンのアンナ・リンド(Anna Lindh)外相暗殺。ミハイロ・ミハイロヴィッチ容疑者が自供。

2003年10月26日 イラク・バグダード副市長ファリス・アルアッサム暗殺。

2003年 イラク暫定内閣教育省の現地代表マフムード・カディム暗殺。

2004年3月22日 パレスチナのハマース創設者アフマド・ヤースィーン師暗殺。イスラエル軍ヘリの空爆による。

2004年4月17日 ヤースィーン死後ハマースの後継指導者を宣言していた幹部ランティースィー暗殺。同じくイスラエル軍ヘリの空爆による。

2004年5月5日 チェチェン大統領アフマド・カディロフ氏暗殺。チェチェン武装勢力は、犯行はロシアの自作自演と主張したが、後に犯行声明を出した。

2004年5月17日 イラク統治評議会議長イッズッディーン・サリーム暗殺。

2004年11月2日オランダの映画監督テオ・ヴァン・ゴッホ、在オランダイスラム移民によって白昼に虐殺される。

2005年1月4日 イラク・バグダード州のアリー・ハイダリー州知事暗殺。アルカーイダ系武装組織が犯行声明。

2005年2月14日 レバノンのラフィーク・ハリーリー前首相が爆弾テロにより暗殺。

2005年8月12日 スリランカ外相ラクシュマン・カディルガマル、自宅で銃撃され死亡。タミル人反政府武装勢力「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」の犯行の可能性が高いとみられているが、LTTEは否定した。

2005年9月7日 パレスティナ自治政府元軍情報警察長官ムーサ・アラファト(アラファト議長の従弟)、自宅で武装パレスティナ人に殺害される。

2006年10月7日 ロシアのプーチン政権に対する批判的論陣で知られたジャーナリスト・アンナ・ポリトコフスカヤ、モスクワ市内の自宅アパート建物エレベーター内で射殺。監視カメラの映像より、チェチェン人2名が逮捕される。出典:「ウィキペディア」2007・12・20

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