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ビルマ問題は制裁では解決しない 古沢襄
フィナンシャル・タイムズ紙が「ビルマ問題は制裁では解決しない」というコラムニスト・ギデオン・ラクマン氏の論評を掲げている。英国で発行されている日刊新聞でグローバル資本主義や新自由主義を積極的に唱えるウォールストリート・ジャーナル紙に比べて英労働党系の論調が強い。

ビルマ軍事政権が使う国名の”ミャンマー”を使わずに”ビルマ”というのは、かつての宗主国の意識があるからであろう。軍事政権の正統性を認めていない。アウン・サン・スー・チー女史もミャンマーの用語は使わない。その英国紙がビルマ問題は制裁では解決しないというところにミャンマー問題の難しさがある。

日本人にとってもビルマの用語に馴染みがあるのだが、マスコミはミャンマーと呼んでいる。日本は欧米とは違うアジアの国家であるうえに、ビルマとは戦前から少なからず縁が深い。1989年にビルマ軍事政権がUnion of Myanmarに改称した時、日本政府はいち早く軍政を承認して、日本語の呼称を「ミャンマー」と改めた。

英国、米国、オーストラリア政府は、いまでも「ビルマ」、EUは「ビルマ」と「ミャンマー」を併記している。国連は軍事政権が代表権を持ったので「ミャンマー」に改めている。軍事政権を認め経済支援をしている中国やロシアは、当然のことながら「ミャンマー」。ミャンマーが社会主義国家であるからである。

社会主義国家を外部から民主化させるのは、やり方を間違うと内政干渉になる。軍事政権が国内の民主化運動に武力を行使して圧殺するのは、国際的な非難を浴びねばならぬが、経済制裁以外に手だてがないというのも現実である。

米国は同じような国情にある北朝鮮に対して米朝融和政策にカーブを切った。核を持たないミャンマーに対して厳しい制裁を加えるというのは矛盾がある。その辺りの難しさをフィナンシャル・タイムズ紙は突いている。

<1990年代前半に初めてビルマを訪れたとき、私は第2次世界大戦で英国軍と共に戦ったというお年寄りに出会った。袖をまくり上げて、日本軍の機関銃に撃たれた傷跡を見せてくれた。この男性は、自分の国の軍事政権をとことん見下していた。しかし、ならばビルマにもっと厳しい制裁を科すべきかと尋ねると、彼は慌てた様子で「いいや」と反論。「この国はただでさえこんなに孤立しているのだから」と制裁に反対した。

あれから15年がたったが、軍事政権は未だにビルマを支配しているし、またしても街中で民衆の抗議運動を武力鎮圧して流血の事態をひきおこした。西側諸国は愕然として軍事政権を非難。9月末にニューヨークで開かれた米外交問題評議会の会合では、フランスのベルナール・クシュネル外相が、何かをすべきだが何をしたらいいのか分からないと発言し、聴衆はそれについ苦笑するという一幕があった。こういう状況では往々にして、「何かをすべき」の「何か」というのは、経済制裁や外交制裁ということになりがちだ。

ビルマ軍が自国民を殺戮していく様子を目の当たりにして、各国が新しい制裁を追加していくのは、反応として十分に理解できる。しかし追加制裁は短期的に何の効果もないし、長期的には確実に事態を悪化させてしまう。残酷な独裁体制というものは、自分たちが存亡の危機にあると感じれば、制裁の痛みをさっさと国民に転化するなどわけもなくやってのけるからだ。サダム・フセイン下のイラクを思えばいい。

特にビルマの場合、制裁というのはきわめてまずい戦略だ。私が出会った元兵士が指摘したように、現代ビルマの悲劇はその孤立に由来するものだ。1962年に権力を掌握したネ・ウィン司令官は、鎖国政策ともいえるアウタルキー(自給自足経済体制)を国家体制として選んだ。ネ・ウィン政権は、海外からの投資と観光客を禁止。そして今のビルマを支配している将軍たちは、このネ・ウィンの後継者なのだ。国際的な孤立に今更おびえるような手合いではない。

しかしビルマの一般市民は対照的に、時には切なくなるほど、外国人との接触を求めている。と同時に、非合法に外国人と会話したりすれば我が身がどうなるか、恐怖にかられている。この国はまさに恐怖によって成立しているのだ。

だったら、軟禁され続けている民主化運動の旗手、アウン・サン・スー・チー氏の呼びかけに従えばいいだろうと、外部の人間は単純にそう思う。彼女はノーベル平和賞受賞者であり、1990年に行われた最後の自由選挙で圧勝した政党のリーダーであり、そして母国のために自らの自由を犠牲にしてきた人だ。正義を背景にした彼女の権威は、否定しようとしても無理だ。なので、アウン・サン・スー・チー氏が制裁を求め、軍事政権を国際社会から孤立させようと呼びかければ、すぐさまそれに同意したくなる。彼女の呼びかけに同意しない、というのはかなり大変なことだ。ましてや軍事政権との交渉継続を訴える勢力は、たとえば中国政府や欧米の石油会社などがその代表で、彼らは軍事政権下の人権侵害よりもビルマの天然資源を明らかに重視している。なのでそういう交渉継続派にもろ手を挙げて賛同するのは、かなりためらわれる。

それに、制裁の形でもっとできることは、もちろんまだまだある。武力鎮圧を受けて決まった追加制裁の前に、米国はすでに貿易・投資の包括的制裁を実施していた。それに比べると欧州連合(EU)の制裁措置は控えめなものにすぎなかったし、中国は積極的に貿易をしている。それに東南アジア諸国連合(ASEAN)に至っては、軍事政権のひどい人権侵害にもかかわらず、1997年に加盟を認めているのだ。

しかし近年では、ビルマには何としてでも体制変更が必要だとする人の中でさえ、欧米の孤立政策はいかがなものかと考え直す傾向が出てきた。中でも注目されるのは、ビルマ出身のウ・タント元国連事務総長の孫で、自らも国連職員のタン・ミン・ウ氏。彼はずっと長いこと軍事政権に対抗してきたが、「制裁の議論には大きな欠陥がある」と考えるようになったという。

タン・ミン・ウ氏は近著「The River of Lost Footsteps (失われた足跡の流れ)」や著名書評紙「ロンドン・レビュー・オブ・ブックス」への寄稿で、3つの理由をあげてビルマ制裁の実効性を疑っている。第1に「軍部の多くにとって、制裁など大した問題ではないからだ。政治的に自滅するか、それとも全く信頼していない外の世界と関わるか、二者択一でどちらかを選べと迫られたら、彼らにとって議論の余地などない。孤立こそが、軍部にとってのデフォルトの状態なのだ」。第2に、「制裁と言ってもそれは結局、西側からの制裁でしかない」。つまり欧米などがいくら制裁を重ねても、ビルマは貿易が続けられるし、それによってビルマはますます中国の勢力下に収まることになるのだ。最後に、もし仮に国際社会全体による包括的な制裁が可能になったとしても、「軍事政権のトップは(ナチス・ドイツのヒットラーがそうだったように)最後の最後まで地下壕に立てこもるだろう。地上で、国がまったくのアナーキー(無政府)状態に陥っていても」とタン・ミン・ウ氏は指摘する。

ビルマがアナーキー状態に陥る危険は、無視できない。ビルマには、民族主義運動の長い歴史があり、かつ国内各地に麻薬密売を資金源にした地元民兵組織がある。複数の民族で構成された国家において、全てを束ねていた独裁政府が外圧によって突然なくなったら、その国はいったいどうなるか。イラクの苦い経験から、教訓を学ばなくてはならない。

タン・ミン・ウ氏は、米国が新しく発表したような、軍政指導部のみをターゲットにする制裁ならば、各国の共同歩調の一環として有効かもしれないと認める。しかし今回の騒乱を経ても軍政が存続するなら、ビルマをこれまで以上に孤立化させるのは逆効果だと言う。もっと望ましいのは、海外からの投資拡大と、「軍政と近隣諸国が全て当事者となって参加する、本格的な外交」だと同氏は呼びかける。

市街地の道が血で染まったばかりの今、ビルマの政府と交渉すべきだという主張は、なかなか支持を得にくい。米国も欧州も、ビルマの政府を非難する象徴的な措置が必要だと、そういう思いを抱えている。今回の事態に対する、自然な感情だ。しかし制裁と、ビルマに変化と民主主義をもたらすための真の戦略とを、混同してはならない。>
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