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先祖と英霊を考える 丸山公紀
お盆を迎え、例年になくうだるような暑さが、ようやく夕方になり暑さが少し緩み、涼しい風が吹いてきて、ほっとするように気分になると、先祖と英霊の御霊の存在が感じられてくる。

お盆で、実家には先祖の霊が帰ってくるのは、古くからの日本人の信仰と生活であるが、都会は都心から多くの人々が地方に帰ることもあり、逆の意味で自分を取り戻す、つかの間の貴重な時間でもある。

お盆の季節が近づくと、これでもかというほど戦争ドラマがテレビで特番を組んでいる程であるが、玉砕に当たって、実は兵士は生きたかったので、玉砕から逃れてしまった部隊の存在も表向きは玉砕という華々しい公報にしながら、裏では参謀からの命令で自決せざるを得ない状況に追い詰められて、結局は散っていくような内容のものもあったが、これでは英霊の方々が浮かばれない。

そして、毎年のようにこの時期に特攻兵士は実は最後まで生きたがっており、上の命令でそのような個人の意志は顧みられることがなかった戦争を引き起こした者に対して、嫌悪感を抱かせる内容が実に多いことか。

これではお盆の時に先祖の霊を心を込めて迎え入れようとしている人々の気持ちと、その先祖の気持ちを引き継いできた英霊が実は戦争に借り出されて、非命に斃れてしまった悲しみとはどう考えても全く相反するような気持ちがする。実は戦後、一貫してマスコミはそのように英霊を扱うことによって、人々から先祖を思いやり、語り合いたいという気持ちを根こそぎ奪ってきたのが現実であろう。

小生は15日を迎えるに当たって、小野田寛郎氏が著した「ルバング島 戦後30年の戦いと靖國神社への思い」(企画 まほろば教育事業団・発行 明成社)に目を通させてもらったが、改めて戦後の英霊に対する認識がどんなに的外れのものであるのかを強く思った。

「心ならずも戦死された」は英霊に対する侮辱であること、当時の私たちは、死ということに拘泥しない、深く考えない、死んだら神さまだと考えていた、戦争には若い者が先頭に立たなければ国の将来がないということをはっきりと認識していたこと、好きで兵隊になったわけではなくとも、多くの人間は国のために死ぬ覚悟を持っていたことが、実に淡々と記されているのであるが、自分に与えられた命の重さがわかっているからこそ、「心して」「覚悟して」戦地に赴いていったのだという、前向きの精神をもっていたことがよくわかったのであった。

そうだとすれぱ、英霊の心を今日、生きている人々からの目で判断することは絶対にできないことがわかる。

お盆は、英霊が語ろうとしていることが、身をもって感じ取ることができる、最もいい時期なのであるかもしれない。
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