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八・八・八の訪中 渡部亮次郎
1978年8月8日。8の漢字「八」を昔の人は下が広がっていて、「末広がり」と掛けて「目出度い」と珍重した。「大臣の訪中ご出発は末広がりの8日に致しましょう」と外務事務次官有田圭輔氏(故人)。

「合理主義の外交官が古めかしい事を言うなぁ」と感心する外務大臣園田直氏(故人)。ちょっと離れてやり取りを聞いているのが秘書官の私だ。29年前の8月8日は日航特別機で羽田から北京に向けて飛び立った日だ。

この年1月のモスクワ訪問の時の現地邦人らへの土産は真冬故野菜が欲しいというので白菜をどっさり持っていったが、北京には食パンらしい食パンは無いという。

生ものだから、当日製を当日積んでいけばいいのだが、量が大量すぎる。注文を銀座のパン屋に1週間前に出してしまった。8日に出発できなかったら、私がパンだらけになるだけ。

今まで公開してこなかった『外務大臣秘書官日記』が残っているから、部分的に公開しよう。これはある大手出版社の依頼に応じて書き始めたものだが、多忙のため完成できなかったものだ。メモのまま。

物を書くという仕事は、実に根暗な仕事なのである。しかし根暗な顔をしていたのでは秘書官は勤まらない。大臣曰く「秘書官は大臣の仕事仲間であり、遊び仲間でもなければならない」というのだ。

それで、とうとう未完成の日記となってしまった。

昭和53年(1978)8月5日(土)晴れ。今朝の各紙によれば、今夏の日本はエジプトのカイロを上回る暑さだという。大臣によればカイロは夜、冷えて眠れるが、東京は寝苦しい分だけ暑さが堪えるのだとか。

国分寺の自宅では、昨夜も冠木(かぶき)夫妻が2泊目をしたが、「名古屋よりは涼しい」と言っていた。(冠木も若くして死んだ)。

さて外相訪中出発日は8月8日で、中国課が警視庁警護課に伝えたところによれば、当日は午後3時、羽田離陸と決った。この事は大臣が5日午後一部マスコミに洩らした。

受けたのは朝日村瀬、日本テレビ高村、日経富沢の3記者。先立つ4日(金)定例閣議の10分前の9時50分から総理官邸で福田首相、園田外相、安倍晋太郎官房長官による三者会談で決ったのではない。会談の結果、園田大臣が「決意」として固めただけである。

従って「訪中8日」について福田首相からの指示はないのだが、大臣はハラを固めた以上、性格から断乎としてこの線を貫くものと思われる。

これより先の3日、北京にいる佐藤正二大使から大臣に電話がかかってきた。「事務折衝をやれるところまでやったが、行く着くところへ行きつかない。汗顔の至りです」。

これに対して大臣は「明日の11回目の事務折衝の席で、中江要介アジア局長の一時帰国を中国側に伝え、中江を5日に帰すよう」指示。この指示はこの時点では、総理には伝えず、翌4日の閣議前の会談で了承を取り付け、改めて訓電したものである。外相の首相不信の一幕であった。

外相が4日夜語ったところによれば、この席で首相は中江の一時帰国を初めは承知せず「早すぎる」「大丈夫か」を連発したという。(日中平和友好条約の締結が自分の引退の花道になる事を極度に警戒する福田首相の心理を反映するものだった)。

後に明らかになるように、福田氏は首相に就任するに先立って、ライバルの大平正芳氏と書面による「密約」を交わし、自らの任期を「2年」と限っていた。しかし福田氏は早くから「密約反古」による総裁再選を決意し、「密約遵守」を主張する園田氏を警戒していた。

それとは別に岸信介元首相の策謀によって、園田氏は官房長官を追われ、外相のポストと引き換えに「密約遵守」の声を封じようとする福田氏のやり方に失望。せめて難題とされてきた日中平和友好条約の締結を成し遂げて、福田氏のハナをアカさぬことには「武士の一分が立たぬ」という心境になっていた。

「8日訪中を認めなければ園田は辞任する」という情報が、側近記者から福田首相の耳に入っていた。5日午後のリークが功を奏したのだ。6日夕方、箱根の静養先を訪れた園田氏に対して福田首相はいきなり「何日出発する?」と答えて園田氏をずっこけさせた。

8日午後3時に羽田を飛び立った日航特別機は実は何日も前から予約を入れてあったもの。政界は狸と狐の化かしあい。御坊ちゃんには出来ない仕事である。2007・08・07
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