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イラクの蹉跌・ブッシュの挫折 平井修一
このところ米国・ブッシュ、韓国・ノムヒョン、台湾・陳水扁のマスコミ露出が激減している。潮目や風向きが変わり、政権が弱体化し、求心力がなくなるとはこういうことか、と思うが、議会で与党が過半数を割ると思うように舵取りができずに、じっと手を見るばかりという心境だろうか。

とりわけ影響力の大きなブッシュ大統領の凋落が目立っている。日本と世界の多くの国にとって「世界最強の米国」は歓迎だったが、イラクでの躓きによって「パックス・アメリカーナ」(米国主導の世界体制)は音を立てて崩れ始めた。

ブッシュを支えてきた米国民は、出口の見えない、道筋さえ分からない戦争、減るどころか増えるばかりの戦死者に厭戦気分を日々高めている。ワシントンポスト紙(2007年7月14日)の記事「死屍累々、悲しみに沈む米国中西部」(ピーター・セルビン記者)を抄訳する。

<アイオワ州シダー郡の農業町、ティプトンで兵士の葬儀が行われた。イラク戦争から9ヵ月目の戦死者はアーロン・シセル。同郷のデイビッド W.バールは全米で51人目の戦死者だった。身近な隣人の 死だけに、平和を好むコミュニティは意気消沈し、ブッシュ大統領と彼のイラク戦略に対する市民の態度は一段と否定的になっている。

シセルとバールは、ティプトンで人気のある青年だった。わずか3100人のコミュニティだから匿名にすることは意味がない。シセルはスーパーマーケットで買い物をし、シダーレインズでしばしばボーリングをしていた。バールは2年前、ティプトン高校の上級学級委員として卒業式でスピーチをした。

町は、バールが死ぬ4年前に、ブッシュが「より安全なアメリカを作る」と言った戦争に対して、こぞって有利な解釈を与えた。しかし、葬儀が続けば大統領と、イラクを作り直す彼の計画に対する信頼は薄れつつある。

先の見えない、終わりなき戦い。町の多くの共和党と民主党の有権者は、戦争の理由が今や明白でないし、戦争はもはや勝てそうではない、さらに経費があまりに高いと言う。バール(20歳)とシセル(22歳)を哀悼すると、ティプトンは大統領と彼が断行すると誓っている戦いへの支持を失った。

「2人の死は我々町民のすべてにショックだった」と、町の広場に店を構えるフィールズ・メンズウェアの営業マン、ジム・アレンが言う。彼はブッシュ支持者だった。「私は考えた、我々がイラクに行くのなら『それを支持しよう、面倒を見よう』と。それが今やずるずると泥沼だ。毎日のように戦死者が出ている」

今年の最初の6ヵ月で、10の中西部の州から派遣された兵士のうち125人が戦死した。(終息に向かっているどころか)イラク戦争で最も血が流されたのだ。2003年7月から2004年6月の1年間では129人であり、昨年は239人だった。

戦争への反対は、東海岸と西海岸でより強く、かつ目に見える形で広まっているが、中部と南部の小さな町はブッシュ政権に最もしっかりした後援者を提供してきた。

しかし、その支持は、墓場のバグパイプの響きと21発の小銃礼砲が小さな中西部のコミュニティでここ数ヵ月、より大きな頻度で聞こえてくるようになると、もろくも弾けてしまった。

今月、大統領とたもとを分かった2人の著名な共和党の上院議員は中部選出である。ジョージ・ボイノビチ上院議員(オハイオ)とリチャード・ルーガー上院議員(インディアナ)は、ブッシュが対イラクで新しい方向を見出し、兵士を帰国させる道筋を打ち出すべきだと語った。

3人目の離反者、ピート・ドメニチ上院議員(ニューメキシコ、共和党)は、悲しんでいるいる戦死者の家族との談話の後、彼の政治ポジションを考え直したいと語った。

アイオワ州民主党のブルース・ブレイリー下院議員は、メモリアル・デー(戦死者追悼日)に2人の兵士の遺族に面会した折、彼が7月4日の独立記念日に行った、イラクからの撤収計画を強く求める意見表明に対して、「グッドジョブ!」「ブッシュへ圧力をかけ続けて!」と叫び、彼への支持を表したという。

それは、改めてブレイリー下院議員の心をうつ、戦争終結に対する欲求の「強さと情熱」だった。

「ブッシュへの反対勢力は力強くなってきた」と、ティプトンの隣町に住むブレイリー下院議員は話す。「2年前はイラクにおける成功の可能性について楽観主義者を見つけることは簡単だった。ところが現在では大統領の最も熱心な支持者さえ、成功の可能性を語らなくなった」

引退した電気技術者のボブ・ペックは、これまで二回ブッシュに投票した。初めての2000年に、民主党アル・ゴアはわずか2票差(4033対4031)という接戦でシダー郡でブッシュを破った。しかし、ペックは二度とブッシュに投票しないと言う。「戦争と彼の戦略。我々は、あまりに多くの若者を失った」

ペック(71歳)は元海兵隊員。海外戦争復員兵協会(VFW)事務所で飲物を手に話す。「我々はイラクに十分長く滞在した。が、何もしていない。予想した成果がまったく見えない」

ウッディー・マーシャルはベトナム戦争を戦った海軍の復員兵だ。VFWには、アーロン・シセルの微笑んでいる姿を縫いこんだタペストリーが飾られており、それを見ながら「最初はぞくぞくた。米国が率いる軍隊がサダム・フセインと彼の専政的な政府を倒したのだから」と、こう続ける。「この2年で今は誰もこの戦争にOKを言わなくなった」

マーシャルの親戚の夫婦はシセルが通ったボウリング場を所有しており、シセルと非常に親しかった。「地獄から抜け出す時だ。彼らにとっては聖戦であり、何をしようがそれに勝つことはできない」

親戚とは、アーニー&ケイ・ジェニングス夫妻だ。シセルはシダー・レインズで多くの時間を過ごした。そして、アーニー・ジェニングスの個人指導で優秀なボウラーとなった。

彼は時々真夜中過ぎまで、「両親が離婚したティーンエイジャーの人生」について話した。ハイスクールに学ぶかたわら国家警備隊に加わった。そしてイラクに行った。

ジェニングズが語る。「シセルが派遣されたとき、私たちは彼ら全員が戻ってくるものと信じていた。そして、彼らはシセルを除いて帰還した。それは、私の人生で最も辛い体験だった。私たちにとってシセルは養子同様だったのだ」

ジェニングズは多くを語ろうとするが、こみ上げてくるものがあり、言葉を詰まらせる。。


「私は、戦争についてこもごもの思いを持っている。私は共和党支持者で、ブッシュ大統領がした大部分のことに同意している。しかし、私はイラクで我々がどうすべきか分からない。我々は出口戦略を探らなければならないと思っている」(以下略)>

15万人の兵士を送り、戦死者は3611人。死亡率2.4%。上昇することはあっても減少はしない。3611家族が泣き、3万6110の友人・知人が嘆き、コミュニティーの3611万人が悲しんでいる。身近な者の戦死が毎日報じられ、出口が見えない。イラクの蹉跌あるいはクビキに、ブッシュ・アメリカは「死に体」のようである。
| 平井修一 | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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