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古関裕而は大天才(2) 渡部亮次郎
劇作家の菊田一夫と名コンビを組み、数々のラジオドラマ、テレビドラマ、映画、演劇、ミュージカルのヒット作品を世に送り出した。1961年に菊田と手がけた森光子主演の放浪記は現在も公演記録を伸ばし続けている。

また、戦後の古関は、クラシック音楽の作曲を完全に諦めていたわけではなく、菊田と共同したミュージカル『敦煌』から交響組曲『敦煌』を編んでいる。

1947年「夢淡き東京」(作詞:サトウハチロー、歌:藤山一郎)
1947年「白鳥の歌」(作詞:若山牧水、歌:藤山一郎)
1947年「雨のオランダ坂」(作詞:菊田一夫、歌:渡辺はま子)

1947年「三日月娘」(作詞:薮田義雄、歌:藤山一郎)は戦場慰問に出かけたままの藤山一郎の復帰を告げるNHKラジオ歌謡だった。

1947年「とんがり帽子」(作詞:菊田一夫、歌:川田正子)
1948年「栄冠は君に輝く」(作詞:加賀大介、歌:伊藤久男)作詞は公募。
    戦後3年目。野球がにわかに盛んになった。中等学校野球大会が高校のそれに変わった。

1948年「フランチェスカの鐘」(作詞:菊田一夫、歌:二葉あき子)
1949年「長崎の鐘」(作詞:サトウハチロー、歌:藤山一郎)
1949年「イヨマンテの夜」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)

1950年「別れのワルツ」(蛍の光のアレンジ)
1950年「ドラゴンズの歌」(作詞:小島情、歌:伊藤久男)
1951年「恋を呼ぶ歌」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)
1951年「さくらんぼ大将」(作詞:菊田一夫、歌:川田孝子)NHKラジオ劇

1951年「あこがれの郵便馬車」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)
1951年「ニコライの鐘」(作詞:門田ゆたか、歌:藤山一郎)
1952年「黒百合の歌」(作詞:菊田一夫、歌:織井茂子)

1953年「君の名は」(作詞:菊田一夫、歌:織井茂子) 初めはNHKラジオの連続ドラマだったが、やがて映画となり主演岸恵子の「真知子巻き」が有名になった。
1953年「君いとしき人よ」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)関連。

1953年「ひめゆりの塔」(作詞:西條八十、歌:伊藤久男)
1953年「みどりの馬車」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)
1954年「高原列車は行く」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)

1954年「サロマ湖の歌」(作詞:中山正男、歌:伊藤久男)
1955年「花売馬車」(作詞:西條八十、歌:美空ひばり)
1957年「荷物片手に」(作詞:野口雨情、歌:森繁久彌)

1960年 陸上自衛隊隊歌「この国は」(作詞:大関民雄、補作:西沢爽)
1960年 陸上自衛隊隊歌「君のその手で」(作詞:西沢爽)
1960年 陸上自衛隊行進歌「聞け堂々の足音を」(作詞:梅津統秋、補作:サトー・ハチロー)

1961年「モスラの歌」(作詞:本多猪四郎・田中友幸・関沢新一、歌:ザ・ピーナッツ)
1963年「あの橋の畔で」(作詞:菊田一夫、歌:島倉千代子)

1963年「巨人軍の歌(闘魂こめて)」(作詞:椿三平、歌:守屋浩、三鷹淳、若山彰)ライバルの「六甲颪」から30年近く遅れたが、迷わずどちらも作曲を引き受けるところが桁外れだ。

1964年「オリンピック・マーチ」(演奏:陸上自衛隊中央音楽隊)
1966年「スカーレット・オハラ」(作詞:菊田一夫、歌:那智わたる)
1968年「早慶讃歌〜花の早慶戦〜」(作詞:藤浦洸)
1970年「我ぞ覇者〜慶應義塾大学応援歌〜」(作詞:藤浦洸)

1970年「アニメンタリー 決断」テーマソング「決断」(作詞:丘灯至夫、歌:幹和之)
1970年 陸上自衛隊隊歌「栄光の旗の下に」(作詞:赤堀達郎、補作:藤田正人)
1971年「純白の大地(札幌冬季オリンピックの歌)」(歌:日本合唱協会)
海上自衛隊隊歌「海をゆく」(作詞:旧版 - 佐久間正門 現行版 - 松瀬節夫)

古関 裕而(こせき ゆうじ、 1909年(明治42)8月11日〜1989年(平成元)8月18日)は、昭和・平成期(1930年代〜1980年代)の作曲家。本名は古關 勇治。

福島に住みながら仙台に通い、金須嘉之進に師事して、1929年、チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに入選、日本人として初めて国際的コンクールの入選履歴を得た作曲家。

それを機会に山田耕筰の推挙で東京の楽壇に進出。クラシック畑からポピュラー畑に転身。

多数の軍歌、歌謡曲、早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」、中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」 「栄冠は君に輝く」、大阪(阪神)タイガースの歌(「六甲おろし」)、読売ジャイアンツの応援歌「巨人軍の歌(闘魂こめて)」、東京五輪のオリンピックマーチなどの、多くの応援歌、行進曲の作曲を手がけ、和製スーザと呼ばれる。

スーザはアメリカの作曲家、吹奏楽指揮者。「星条旗世永遠なれ」ほか数多くの行進曲をつくり「行進曲王」と呼ばれた。(1854〜1932)【広辞苑】

気品ある格式高い曲風で知られ、現在でも数多くの作品が愛されている。

福島県福島市大町にあった呉服店「喜多三」に生まれる。父親が音楽好きで、大正時代ではまだ珍しかった蓄音機を購入し、いつもレコードをかけていた。

裕而は幼少の頃から音楽の中で育ち、ほとんど独学で作曲の道を志していく。同じ大町の近所に鈴木喜八という5歳年上の少年がおり、のちに野村俊夫(作詞家)となって裕而とともに数々の名曲を世に送り出すこととなる。

1916年(大正5)に福島県師範学校附属小学校へ入学。担任の遠藤喜美治が音楽好きで、音楽指導に力を入れていた。裕而はこの頃から作曲に夢中になり、次第にクラスメイトが詩を持って裕而に作曲を依頼してくるようになる。

こうして子供の頃から作曲することに親しんでいく。傾倒したのは、リムスキー=コルサコフの『シェエラザード』とストラヴィンスキーの『火の鳥』である。

音楽家の多い旧制福島商業学校(現福島商業高等学校)に入学。商業学校に入ったのは家業を継ぐためであったが、この頃も学業より作曲に夢中だったという。在学中に家業の呉服店が倒産する。

卒業後、川俣銀行に勤務。福島ハーモニカーソサエティーとともに仙台中央放送局に記念番組に出演する。この頃、リムスキー=コルサコフの弟子で仙台に在住していた金須嘉之進に師事した。

金須はロシア正教徒で、正教の聖歌を学ぶため革命前のペテルブルグの聖歌学校に留学し、そのときリムスキー=コルサコフから管弦楽法を学んだという。古関はこの師をたいへん尊敬し、自分がリムスキー=コルサコフの孫弟子になることを誇りとしていた。

1929年(昭和4)、裕而20歳、管弦楽のための舞踊組曲『竹取物語』がイギリスロンドン市のチェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募し入賞した。
ほとんど知られていないが、これは日本人が国際的作曲コンクールに入った初めであり、当時の新聞でも大々的に報道されている。『竹取物語』は、色彩的で斬新なオーケストレーションがなされていたといわれ、たとえば打楽器だけで演奏される楽章が含まれていたといわれる。

この入賞の報道を読んだ声楽家志望の愛知県の内山金子(きんこ)が裕而にファンレターを送り、熱烈な文通を経て1930年、裕而20歳、金子18歳でスピード結婚をしている。たいへんな愛妻家で、晩年までおしどり夫婦であったという。

この頃、裕而は複数の交響曲やピアノ協奏曲、交響詩『ダイナミック・モーター』、弦楽四重奏曲など、膨大な作品群を完成させていたという。しかし、それらの楽譜は、現在ではほとんど行方不明になっている。『竹取物語』の所在も知れない。

同年9月、裕而21歳、コロムビアの顧問山田耕筰の推薦でコロムビア専属の作曲家に迎え入れられ、夫婦で上京。東京では菅原明朗に師事した。

菅原は『竹取物語』のスコアを読んで驚き、古関には深井史郎よりも才能があったと、後年まで称賛している。

しかし、古関は、実家が経済的に破綻してからは、一族を養わなくてはならず、次第にクラシックの作曲から離れざるをえなくなったようである。コロムビア入社も主にお金のためであった。

古関本人は作曲の勉強のための洋行を希望していたようだが、それは叶わなかった。東京に移ってからのオーケストラ作品に、関東大震災を描いた交響詩『大地の反逆』がある。

これはストラヴィンスキー的な音楽であると言われている。また、無調的な歌曲『海を呼ぶ』なども作曲している。師と仰いだ菅原明朗のほかに、橋本國彦と親交が厚かった。

晩年はフジテレビ系の音楽番組「オールスター家族対抗歌合戦」の審査員を、1972年10月の開始から、初代司会者の萩本欽一とともに降板した1984年6月下旬まで務めていた。

1989年(平成元)8月18日死去。盛大な音楽葬が催された。没後国民栄誉賞授賞も内定していたが、そのことを知らなかった親族がうっかり断ってしまったというエピソードがある。

福島市最初の名誉市民で、同地には1988年、「古関裕而記念館」も建てられている。http://www.kosekiyuji-kinenkan.jp/
参考資料:ウィキペディア (2007・07・05)
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