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老化は熟成でもある 渡部亮次郎
雑誌にアンチエイジングとあった。しばらく考えて分った。老化拒否なのである。それならそう書けばいいものを、わざわざ英悟を片仮名に直し、読者には漢字で考えさせるというややこしい事をさせる。

エイジング。老化。それに抵抗することだから「ジーニアス英和辞典」を引いたら、老化のほかに「熟成」とも出ていた。老化するとは死に近付くことでもあるが酒や味噌のように美味しく熟成して他人の役に立ち、自分を誇りに思えることでもある。

生きるとは死ぬことである。生まれたら成長すると言うが、それが違うのだ。最後に来る死に向かって懸命に走っているに過ぎないのだ。ただゴールが何時かを自身が知らないだけだ。

盛者必衰の理(ことわり)通り身体の各部分は生まれた瞬間から衰えて行く。中年を過ぎれば皺もしみも方々に出来る。これは生物が生きている証拠として止むを得ないものである。

ところが戦前は無かったものに美容整形がある。戦後にアメリカから入ってきた考えで、自然に抵抗する思想そのまま、老化にも抵抗すべきだという医学である。

詳しい事は知らないが、雑誌などによると顔の皺を伸ばすためにあちこち引っ張りあげて縫うのだそうである。しかし、何年かするとまた皺がよるので、手術を何度も続けなければならないそうだ。

昔の日本人はこんなことを考えもしなかった。身体の老化は仕方ないもの、その代わり心の成熟があれば心安らぐべきものと考えた。だからこそ年寄りは尊敬された。

皺を延ばす人でも、世の中に尊敬される人がいないとは考えないが、動物の肉や脂肪を多食する人種と比べたら、日本人の皺など皺とは呼べないものだ。欧米に貴婦人の深い皺に比べれば漣のようなものだ。

日本の老人は翁(おきな)とも媼(おうな)とも呼ばれて尊敬されていた。身体は流石に老化は隠せないかもしれないが、その分、経てきた多彩な人生経験に裏打ちされた冷静な判断力があったからである。

それなのに最近は身体の部分を引っ張ったり縫ったり、或いは塗ったりして若く見せようと腐心する人が多い。いくら抵抗しても来るものは来ないわけではない。確実に来る。

引っ張ったり縫ったりの思想の線上に来たのが臓器移植であろう。中国では、そのために死刑の執行を役人が急ぎ、臓器を破格の値段で払い下げるそうだ。受ける中には日本人もあると聞く。

美容整形と臓器移植。他人の臓器と関係の無いこととあることとは無関係なようにも思えるが、死に向かう運命とか寿命とかに反抗し、抵抗する点では全く同じでは無いか。

私も目の老化は如何ともし難く白内障の手術を受けたが、禿を隠そうとも思わない。鬘を被れば却って目立つから考えたことも無い。もちろん被る事は自由だ。被らないことも自由だ。

若いころ、外国に出張すると、酒を嗜まない園田直(すなお)外務大臣はホテルとか迎賓館で夜は独りになる。外務官僚はそろって外出してしまうからだ。私も酒飲みで出かけてしまったら寂しいから、大臣が自分でウィスキーの水割りを作ってくれて私を引き止める。

贅沢な水割りだ。こちらは酔いながら昔話に耳を傾ける。園田は軍人の最後は「天雷特別攻撃隊」の隊長としてアメリカの軍艦に体当たりしての死を命ぜられたが、天候不良で延期。次の出撃の直前、敗戦となって生き延びた人だった。

「ナベしゃん、人間は死ぬのが何時か分らないから生きておられるとバイ。特攻隊では明日出撃と命令が出ると、今夜、首つりして自殺するものが何人もおらしたとバイ」

今夜床に就く時、人は明日も必ず目覚めると思えばこそ安眠できる。目覚めないこともあると分れば、とても眠られないだろう。何時死ぬか分らないが、取り敢えず今晩は絶対大丈夫と思えばこそ眠れる。

しかし、何時かの朝は絶対目覚めないのだ。だとすれば人生は充実して生きるしかない。充実を心がけるしかない。今更慌てても手遅れだが、せめて「老化は酒でいえば熟成」であるとでも考えて眠ろう。2007・07・04
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