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原爆を批判する資格ない? 古沢襄
四面楚歌の中で防衛相を辞任した久間章生氏だったが「日本の戦争責任をもう一度考えるきっかけを与えてくれた」と理解を示す人もいる。1979年から1995年にかけて四期十六年間、長崎市長を務めた本島等(もとしま ひとし)氏である。

長崎県議を五期二十年勤めて自民党をバックにして市長になった。市長三期目の市議会で昭和天皇の戦争責任について「天皇の戦争責任はある」と答弁した。折から重病の昭和天皇の快癒を願って国中に自粛のムードの時であった。

その日の記者会見でも「天皇が重臣らの上奏に応じて、終戦をもっと早く決断していれば、沖縄戦も広島・長崎の原爆投下も無かったのは、歴史の記述から見ても明らか」と重ねて発言した。

自民党籍がある本島市長だったが、自民党県連の発言撤回要求に応じないで「自分の良心を裏切ることはできない」と拒否した。右翼団体が長崎市に押しかけ「天誅」を叫んだが、屈せず右翼から銃撃されている。

この本島氏は1998年7月に共同通信社の単独インタビューに対し「侵略戦争をした日本は原爆を落とされて当然であり、日本に原爆を批判する資格は無い」と発言している。その論旨からいくと久間前防衛相の「原爆投下はしょうがないなと思っている」と繋がる部分がでてくる。

色合い、ニュアンスの違いでいえば、本島氏は侵略戦争をした日本は原爆を落とされて当然とするのに対して、久間氏は「しょうがない(仕方ない)」と言った点であろう。同じ保守系の政治家で、どちらかといえばハト派と目される二人、しかも被爆地の長崎県人の発言である。

ひとつだけ言えることは、米国の原爆投下が正当化され得るものではないという理念がともに欠落している。市民を巻き込んだジェノサイト攻撃は人道上許されるものではない。

その主張がないことには「日本は原爆を落とされて当然」という自虐史観にはまり込む。米国の「原爆投下によって戦争終結が早まった」という理屈に同調することになってしまう。そのことと日本が無謀な戦争を行った反省は別の次元のことである。

八月九日、長崎は被爆から六十二年の原爆の日を迎える。北朝鮮の核廃棄が遅々として進まず、世界の核軍縮の先も見えない。広島・長崎の被爆経験を国際社会に訴え、風化しようとしている核の恐ろしさを日本が声を大にして伝えるべきであろう。

反面教師なのかもしれないが、久間防衛相の”しょうがない失言”は、核の問題をあらためて問いかけるきっかけになったと思いたい。
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