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セピア色の岳人たち(1) 菊池今朝和
この文は、関西で変化題という山の会を主催されている、井関扶氏への私信である。変化題とは毎回、機関紙の題が変わるため名付けられたもので、誠にユニークな会である。
 
山吹雪 平和の標 まだ見えず   白朝

一月七日ころより芽をだした庭の福寿草、二月中ごろより咲き始め、葉も大きく茂り、麗しい春突入です。梅もあわい白灯をともしだし始めました。

機関紙「照り翳る」、「温め酒」拝受しました。
少しは編む苦労を知る私は、ただただ頂くばかりで申し訳なく思っています。井関さんはじめ、お仲間の文章には骨が感じられ、いいですね。

「変化題」は、ただの山行報告の羅列のみに終わらず、まるで硬骨漢の井関さんの写し絵のように思われます。
                  一

「裸木」(変化題一三二号)に田村義彦さんの『揺らいだ偶像―「二人のアキラ、美枝子の山」を読んで』の一文が掲載されました。

「二人のアキラ、美枝子の山」(平塚晶人著―文芸春秋)は、私も昨年夏ころ朝日新聞の読書欄で知り気になっていたのですが、興味の的の登山史とは畑違いと感じ、埒外においてあったのですが、先日手にする機会があり通読しました。

読み終えて、作者の松濤観、奥山観はさておいて、これは新しい手法の登山史だと直感しました。すこし、感想や想いなど書きます。

「二人のアキラ、美枝子の山」は、タイトルの軽みに反し、戦中戦後の混乱な世相を舞台に、喰うにも事欠く厳しさをバネに、貧弱な装備で、困難なルートを目指す登山者の心情を、巧みに計算された構成、稠密な取材で、見事にあぶりだした好著と思いました。

二十代より登山史の世界に魅力を感じ、登山年表を作成したり、他の山岳会の仲間(労山愛知の仲間)と勉強会も行ったりその結果を発表した経験もありました。

今では北アルプスの開発史、特に鉱山史に興味が移り、山師とあだ名されているのですが、当時は特に安川茂雄氏の「近代日登山史」、山崎安治氏の「日本登山史」や氏の一連の歴史本、それに労山の当時の機関紙「山と仲間」に掲載された、当時の豊田重彦理事長の手になる登山史関係の記事などを参考にしていました。

ただそれらのものを読んでも、いつも何か物足りなさをも感じていました。特に山崎安治の「日本登山史」はただ事実を年号順に記載することに徹しており、学生時代の歴史年表を突きつけられたようで、事実を正鵠に書くことはとても重要なことですが、生煮えの米を食べているような感想を得ていました。これもストリー小説好きで、行間を読めない、私の資質なのかもしれませんが。

そんなとき「山と仲間」紙上で、小島六郎氏(1900〜)のハットするような一文を目にしました。

「これからは、何時何分にどこを上り、何時何分にどこそこを通過し、何時に下山したとの記録ではなく、登った時の情況(世相、社会)と、その時、どのような気持ちで登ったかの記録を集成した登山史が待たれる」(手許に書かれたものがなく、朧な要約です)。

                  二

感動した私は、「ナイロンザイル事件」への興味で、資料などを頂くなどのことで、手紙のやり取りをしていた、三重県の岩稜会の石岡繁雄先生(1918〜2006)に、小島氏の書いたものをコピーし、「先生こそ、このような観点で新しい登山史をお書きになるにふさわしい方です、是非新しい登山史を書いてください」と若気の勇みで熱い手紙を出した。

「ご厚情のみちみちた、長文のお便りいただき感激しております。また過分におほめいただき穴があったら入りたい気持ちです。

ザイル事件は、なにも私がとくべつ、がんばったわけでなく、おそらくだれしも私の立場に立たされましたなら、同じようにやられたと思います。だって人間としてそうする以外に道はないのですから。

結局ザイル事件は、人間は誰しも共通にもっているものが、ただ、私を介して出てきたにすぎないわけです。

労山の皆様なら、みなそう感じられると思います。とにかく、お手紙本当に有難うございました。小生のスクラップブックに、また重みを増しました。中、後略」(昭和53.11.4)。と、先生から温かい返信を頂いた。

石岡繁雄先生は巌のように頑として、そして毅然としながらも慈父のような人であった。当時は「ナイロンザイル事件」裁判のけん引役と、鈴鹿高専の教授という激務のさなかで登山史どころではなかったのでしょうか、快諾はなかったように記憶します。

私の職場の、加藤という鈴鹿高専出身のスタッフは「石岡先生は、まれに授業中に脱線し山の話を、嬉々として話されることがありました。本当に、目を細め楽しそうにです」と、語った。勉学の苦手な私も、もしも先生の授業を受けるチャンスがあったら、私も物理が好きになったかもしれない。先生は、今も岩稜会の代表をはじめとし、山とのかかわりを大事にされているようである。(続く)
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