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胡錦濤は踏み切れず 宮崎正弘
中国共産党序列6位。政治局常務委員の黄菊副首相が死去した(6月2日)。

黄菊は江沢民・前国家主席の「上海閥」派の重鎮だった。しかし、夫人や一族の汚職、とくに株のインサイダー取引などの腐敗の噂が絶えず、また本人が病気のため、今秋の第17回共産党大会で引退が確実といわれてきた。

昨年の春節(旧正月)前後に膵臓がんと診断されて入院し、07年3月の全人代には辛うじて出席したが、介添えがなければ立ち上がれない状態だった。

昨秋、子飼いの陳良宇・上海市党委書記が、社会保障基金の流用(邦貨換算600億円)などの汚職事件に連座して失脚、黄一族も関与しているという黒い噂が流れた。

筆者の上海の定宿には、黄菊が上海市書記の時代に揮毫した漢詩の石碑がロビィに飾られていたが、あれも近く撤去の運命?

さて黄菊は浙江省出身。胡錦濤主席と同じ北京の「清華大学」出身で、「清華閥」にも属し、1986年に上海市副市長、91年に同市長になった。94年には上海市党委書記。02年からは江沢民のひきで、政治局常務委員に昇格していた。
 
政治局常務委員は9人、上海派が6人と絶対多数をしめたものの、黄病没で5人に減少し、しかも上海派を代弁する曾慶紅が、陳良宇失脚に際して胡派に寝返りを打った。

つまり上海派は少数派に転落したのである。

曾慶紅は「上海派」から身をひとつサラリとかわして、むしろ「太子党」を代弁するという強い立場を得て、上海の新しい書記に、子飼いの習近平をつかせるという離れ業を舞台裏で仕掛けた。

絶大なパワーをもたない胡錦濤にとっては、むしろ曾をひきこみ「総主流派」体制を見せかけながら、省長クラスに、「共産主義青年団」の人脈を片っ端から登用してきた。

中国の権力中枢における権力闘争の激化は、黄菊の死亡により本格化すると予想する向きも多いが、このことは昨年秋から「織り込み済み」であり、次の焦点は、政治局員に誰が、どういうバランスで指名され、新しい権力構造はいかなる派閥均衡となるかにかかっている。(「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より)
| 宮崎正弘 | 13:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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