<< 強硬派が主導権を握った北朝鮮軍部 古沢襄 | main | 最新鋭戦闘機F22の導入計画 古沢襄 >>
韓国軍捕虜のシベリア連行 古沢襄
産経新聞の黒田勝弘ソウル支局長が、朝鮮戦争の当時に数千人の韓国軍捕虜が旧ソ連に移送されて、シベリアや中央アジアなどで強制労働に動員された事実を伝えてきた。さきの大戦で日本の関東軍は満州に侵攻してきたソ連軍に降伏し、五十七万五千人の将兵がシベリア、外蒙、中央アジアに移送されて強制労働を強いられた。

韓国軍捕虜のシベリア移送は、在米韓国系の「米州韓国日報」が入手した米国防総省の解禁文書によって分かったという。この文書は一九九三年に朝鮮戦争で捕虜となった米軍兵士について、ロシアでの生存・遺骨確認に関する調査報告書が作られ、その中で韓国軍捕虜の移送も明らかになったという。

韓国軍捕虜のソ連移送は、朝鮮戦争中の一九五二年九月、ソ連のスターリンと中国の周恩来との会談の際、スターリンが「国連軍捕虜の20%」を要求したことがあるが、すでにそれ以前に、捕虜の大多数を占めていた韓国軍将兵数千人が、北朝鮮からシベリアのヤクーツクなど300〜400カ所の収容所に移され、道路や飛行場建設などに使われた・・・という。

さらに、これとは別に、一九五三年一月の米陸軍の韓国情報活動報告書によると当時、北朝鮮で政治犯として有罪判決を受けた約二万人の囚人が、一九五二年九月、旧ソ連のウラル地域に送られ発電所建設などに動員されたという情報もある。これには北朝鮮軍がソウル占領中に拉致した民間人や推定六000人の韓国軍捕虜も含まれていたというから、移送者の数は、かなりの規模になりそうである。

朝鮮戦争における韓国軍捕虜の一部は、北朝鮮軍捕虜との交換で帰国したが、なお約二万人が行方不明とされている。日本のシベリア抑留者で帰国できたのは十一年の歳月をかけて四十七万三千余人。ソ連側の資料によれば、抑留中の死亡者は六万四千人。ロシア全土の日本人墓地は三百三十二カ所にのぼるが、埋葬人数は四万五千五百七十五人で、なお約二万人近くの埋葬地が不明となっている。

日本も韓国も拉致家族の心の痛みを分かち合うが、シベリアに連行されて異国の土となった人たちの家族の悲しみもお互いに持っている。戦争は二度と繰り返してはならない。
| - | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 14:45 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/543401
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE