<< 烏と猫を喰う大化け猫? 古沢襄 | main | 分かり安い北朝鮮、分かりにくい米国 古沢襄 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | pookmark |







検察官は国士になる 渡部亮次郎
国士。最近はトンと聞かれなくなった言葉だが、記者の先輩のメイルで久しぶりに出合った。国士とは「一身をかえりみず、国家のことを心配して行動する人物。憂国の士。」(広辞苑)。

先輩の説によると、
<言えるのは検察官の道に入ると、その一人ひとりが国家を背負う意識に染まる。検察をやめて弁護士になる”ヤメ検”も、その意識をひきずっている。

田中角栄(元総理)に手錠をかけた検察はカネ・モノ万能の汚れた国にしてはならないという使命感に駆られていた。一方、弁護に参じた”ヤメ検”は、アメリカの言いなりにならない角栄の姿に国家の将来を賭けていた。

破格な弁護料に買われたというのは皮相な見方である。検察畑にどっぷり漬かると”国士風”になる特殊な土壌があると言ってよい>というのである。

先の堀江被告に対する東京地方検察庁の主張を聴いていると、わたしは「これは裁判=司法ではなく、政治そのものだ」と感じていたので、先輩のこの指摘に感じ入った次第である。

私は記者生活を20年ぐらいしたが、警察・検察や裁判を担当した事は全くない。地方に居る時、たった一度、判決公判を取材させられたが、驚いたことに被告は新制中学時代の恩師で、罪名はあろうことか強姦致死だった。

あれから50年近く経つ。しかし、以後、仕事の関係では警察も検察も深い関係を持たずに済んだ。あえて言えば民事裁判の原告側証人として東京地裁での公判に立った事はある。

ライブドアについて言えば、堀江氏の生き方は全く気に入らない。それを亀井静香倒しに使った小泉総理(当時)の手法も納得は行かなかったが、郵政民営化という宿願を果たすためには仕方がないのかな、と考えていた。

多分、国士ぞろいの検察は当時から堀江的なものに嫌悪感を抱き、隙あらばとっ捕まえてやろう、世間への見せしめにしてやろうと手ぐすねを引いていたはずだ。

堀江 貴文(ほりえ たかふみ、1972年10月29日―)福岡県八女市出身。血液型A型。平凡なサラリーマンの家庭に生まれる。昭和で言えば47年。田中角栄総理による日中国交回復の直後に生まれている。

久留米大学附設中学校・高等学校卒業。東京大学文学部宗教学科中退。大学在学中にウェブページ制作請負会社、オン・ザ・エッヂ(ライブドア)を600万円で設立。2002年、経営破綻した旧ライブドア社より営業権を取得した。

株の百分割など合法的ではあるが法律の隙を突いて成功を続けた。それは検察の立場からすれば、明治以来、営々と積み上げてきた司法の権威を根底から揺るがすものであり、断じて許すことのできない事象であった。

2004年に経営難でオリックス・ブルーウェーブ(現・バファローズ)との合併が決定された、大阪近鉄バファローズ買収の申し出(実現せず)に続いて2005年2月、社長を務めるライブドアはニッポン放送の株を35%取得してフジテレビをのっとろうとした事件。検察は切歯扼腕していたはずである。

したがって堀江氏自身が言っているように、検察は初めっから彼を陥れようとしていたのであり、其処には鈴木宗男事件で起訴された外務事務官の佐藤優氏同様、検察の強力な国家意識を感ずるべきであった。

それにも拘わらず2006年9月4日、東京地裁で初公判では罪状認否では「起訴状は悪意に満ちて書かれている」「そのような犯罪も指示もしたことがなく、起訴されたことは非常に心外だ」と起訴事実を全面否定、無罪を主張し、検察側と全面的に対決する姿勢を見せた。若いから国家の意思が分っていない。

2007年1月26日、最終弁論が開かれる。堀江被告は涙声で「取り調べなしに突然逮捕された」「おまえをつぶすという意気込みで、こちらは商売できない」などと検察を痛烈に批判した。

3月16日、東京地裁での判決公判があり、小坂敏幸裁判長は「上場企業の責任者としての自覚が微塵も感じられない」などと述べ、懲役2年6ヶ月の実刑判決(求刑懲役4年)が言い渡された。

主任弁護士の高井康行弁護士は記者会見で「非常に不当な判決」として即日控訴した。また、保釈金2億円を追加納付して再保釈された。弁護士は国士でないからまだ法律論で争おうとている。

判決の夜、TBS「筑紫哲也NEWS23」に緊急生出演。判決理由に対して「裁判は公平だったが、主張が認められていないし、どうしてそういう事実認定になったか分からない」とした。

公判前整理手続については「負担はなかった」、実態を大きく見せようとしたとの質問には「株主を欺こうなんて考えていない」とした。

反省の意が感じられないとのことは「無罪を争っているので、それは仕方がない」、株主に対する責任については「自分としては果たしてきたが、今ではどうしようもない」。控訴審については「私も早く終わらせたいし、納得のいく形にしたい」とした。

先輩の説によると「司法修習生から直接、弁護士になると国家意識には、それほど染まらない。裁判官も同様で、地裁から高裁、最高裁と上級裁判所になると左翼色は排除されて、保守的な傾向の裁判官が多くなる」そうだ。堀江氏の裁判の前途は暗いとしかいえない。

1989年のリクルート事件の江副浩正、最近の村上ファンドの村上世彰。みな法律や制度の隙をついて野望を果たそうとした。しかし突いた隙こそは検察の隙でもあったから、検察はカサにかかって彼らを葬ろうとする。これは裁判でなく政治と言うべきだろう。2007・03・18
| - | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







スポンサーサイト
| - | 21:01 | - | - | pookmark |







コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://kajikablog.jugem.jp/trackback/504795
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

SEARCH

SELECTED ENTRIES

RECENT COMMENT

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE