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君征く日 軒端の足袋の 乾きけり 古沢襄
「ふゆのゆふ」・・・歌人・小池光さんに短歌の選をしてもらっている方ブログだが、短歌もさることながら、日記風の短文が光っている。さりげない日常のことを、子供の頃の想い出の中で綴っている。情感があって、ホノボノとした暖かさが残る。

お父さんが炬燵で麻雀を教えてくれた。私も日曜日には二人の娘に麻雀を教えたものだ。一番下の妹さんが、赤字の「中」(ちゅん)を握って放さない。飼っている十姉妹の名前が”ちゅん”。「何でそれを捨てんのや」「ちゅん、ちゅん」。家庭マージャンはこの一回だけになった。

家風呂の話。父が早く帰ってくるときは、たいてい父と妹と入った。日曜などは母も一緒に入って「ガス代の節約や」と言っていた・・・何気ない家庭風景なのだが、家族愛が伝わってくる。こういう文章はがさつなジャーナリストには書けない。脱帽!。

私も小学校の低学年だった娘とは風呂に一緒に入った。いつの頃か敬遠されて一人風呂になったが、今は代わりに愛犬バロンが一緒に入ってくれる。洗ってやろうとするのだが、風呂場で逃げ回るから、バロンと入ったあとは血圧があがる。

          http://yaplog.jp/shortpoem/

こういう何気ない文章というのは、詩人や歌人が得意な世界かもしれない。少なくとも理屈っぽいジャーナリストには書けない。情感がある短文というのは、一ヶ月やそこらの修業では身につかない。

博多にいた頃の話になる。支社長室でボンヤリしていると電話が鳴る。「文学支社長!遊びにこんかね」。宮崎日日新聞の宮永真弓社長であった。新聞経営者というより歌人・宮永真弓で有名であった。

「また宮崎出張ですか」と総務部長から冷やかされながら、板付空港(福岡空港)から宮崎空港に勇んで飛び立ったものである。短歌の方はトンと駄目な私だが、宮永氏のエッセイに惹かれていた。真似をしたいと思ったが、年期の入れ方が違う。

私の方は短い文章にあれも入れたい、これも入れたいという気持ちが先に立ってしまう。宮永氏の文章は削ぎ落とすことに神経を集中している。しかも情感を大切にしている。

作家の水上勉氏は、宮永真弓氏の「千年岬からの手紙」は心を打つ散文である。ほとんどが詩の域に達した・・・と激賞した。短歌や俳句は日本固有の文化だが、それだけ日本人の感性は豊かだと思う。亡くなった母が、夫の古沢元を戦地に送りだした日に次の一句を詠んだ。
          君征く日 軒端の足袋の 乾きけり
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