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淡谷のり子の「別れのブルース」 古沢襄
久しぶりに淡谷のり子の「別れのブルース」を聴いた。戦前の曲である。叔父に当たる人が社会党の淡谷悠蔵代議士。津軽弁まるだしの人物であったが、週に二度は議員宿舎を訪ねた。国会論戦の”爆弾質問”で名を売ったが、取材が目的ではなかった。

社会党に左派の闘将で赤松勇という代議士がいた。妙に気が合って昼飯時になると社会党の記者クラブに「飯を喰おう」と電話がかかってくる。衆院議員のくせに参議院の議員食堂の常連であった。注文するのは”エビフライ・ライス”、私も同じ注文をした。

赤松氏はライスの上にバターをのせてソースをかけてみせる。「うまいですよ」というから真似をしたら結構いける。飾らない人柄に魅力を感じた。そんなある日のことである。同じ左派の論客であった淡谷氏がきて一緒に座っていいかと聞いた。異議がある筈はない。だが猛烈な津軽弁には閉口した。東京生まれで東京育ちの私にとって外国語を聴くようなものであった。

ある夜、夜回りまで時間があったので議員宿舎の淡谷氏のところに行ってみた。大学生ぐらいの娘さんと二人暮らしだった。淡谷氏と話をしているとロシア文学に詳しい。トルストイの話になると熱弁をふるった。文学青年だったという。それで意気投合して、淡谷氏詣でをすることになった。娘さんが飛びっきりの青森美人だったこともある。

淡谷氏が帰宅しない時には娘さんと話に興じた。それで淡谷のり子と親戚であると知った。頭のいい娘さんだったが、もう還暦を過ぎたであろう。「ブルースの女王」が身近な存在になって、津軽弁もあまり気にならなくなった。

淡谷のり子は青森の豪商「大五阿波屋」の長女。家が没落して上京し、東洋音楽学校でピアノ科から声楽科で学んだ本格的な歌手である。「十年に一人のソプラノ歌手」ともいわれた。その歌唱技術は並のものではない。越路吹雪からお姉さんと慕われている。私は八代亜紀の歌が好きだが、淡谷のり子が目をかけていた一人だと聞いて納得したものである。いずれも社会正義に満ちた根性のある歌手と思うのは私の思い過ごしなのだろうか。

それにしても最近のテレビでは低俗とも思えるドタバタ劇や歌唱力がない歌手が多すぎる。庶民の心を揺さぶる歌手が少なくなった。淡谷のり子や越路吹雪のような歌手がいない。芸能人のオンパレードのような気がするのは、こちらが高齢になったせいであろうか。「十年に一人の歌手」が、そろそろ出てきてもよい頃ではないかと思うのだが・・・。
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