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薄幸の多賀谷姉妹の生涯 古沢襄
「真田幸村の娘・お田の方」のことを書いたことがある。父・幸村は大阪夏の陣で討ち死、祖母・一の台(秀次夫人)は三条河原で処刑されるという数奇な星の下で生まれながら、東北の亀田藩主・岩城重隆の母として”賢母”の名を残した。

戦国の世に生まれ、不幸な生い立ちを背負いながら、お田の方の生涯は輝きをもって現代に伝えられている。幸村という類い希れな武将の姫として気品に満ちたお田の方は、多賀谷宣家(佐竹義宣の弟)の後妻になった時には、二十歳にもなっていなかったという。この時、宣家は四十三歳、親子ほど違う年齢の差がある。宣家は宣隆と改名し、一六七二年に没した。

思えば宣家も戦乱の世の荒波に翻弄された一生を送っている。佐竹義重の四男として一五八四年に生まれたが、長男の義宣が佐竹家を継ぎ、宣家は一五九〇年に六歳で多賀谷家の養子に出された。

多賀谷家には多賀谷三経という嫡男がいた。当時、十八歳。父親の重経は三経をわざわざ廃嫡して、次女(三女の説もある)と宣家を結婚させている。三経に落ち度があったわけではない。宣家を介して佐竹と誼みを結ぶ政略結婚であった。だが、これが後に三経と宣家の明暗を分けたのだから世の中は皮肉なものである。

宣家が十六歳の時に天下分け目の関ヶ原の決戦があった。養父の多賀谷重経は石田三成方とみられて、家康によって下妻六万石を取りつぶし(改易)となる。実家の佐竹義宣は改易にこそならなかったが、一六〇二年に常陸国五十四万五千石から出羽国秋田地方へ国替え(転封)となる。二十万五千八百石という大幅な減封だから、今でいう懲罰人事といえよう。

一朝にして多賀谷家が潰え去った宣家は、僅か四十人の家臣を連れて佐竹家に帰参、兄・義宣とともに出羽国に赴いている。まさに都落ちの心境であったろう。義宣は弟の宣家に檜山城一万石を与えたが、家康は追い打ちをかける様に一国一城令を発して檜山城の破却を命じている。一六二〇年のことである。宣家は三十六歳になっていた。檜山城趾に西側にある茶臼山に籠もり、正妻の多賀谷重経の次女と離別して、家康にひたすら恭順の意を表するだけであった。

一六二六年に義宣に従って上洛した宣家は、お田の方を見そめて継室に迎えている。四十三歳の再婚であった。二年後に名君といわれた岩城重隆が生まれた。岩城亀田藩の藩政において新田開発や城下町の整備などで功績があって「月峰公」と呼ばれている。

だが私の関心は宣家によって離別された多賀谷重経の次女の生涯にある。「多賀谷家譜」には重経の長女は佐竹義宣の妻となり、次女は宣家の妻という記載しかない。義宣も後妻に那須資治の娘を迎えている。薄幸の姉妹はどうなったのであろうか。

以前に離別された次女は尼となり、檜山城外のお寺で余生を送ったという記録を読んだことがある。そこに全国を放浪していた父・重経が訪ねてきた。父と娘の悲しい再会だったが、家康の追及が娘に及ぶことを懸念した重経は、ある朝、娘に告げずに寺を去った。

長女は佐竹義宣の妻だったが、重経は遠慮して佐竹居城の秋田・久保田城には立ち寄っていない。次女が身を寄せた寺は能代市の潜龍山多宝院。常陸国からきた家臣たちが集まって、次女を慰める日々があったという。ここには多賀谷重経座像があるという。

多賀谷家臣たちは望郷の念があったのだろうが、常陸国に残った家臣も土着して苦しい日々を送っている。尾羽打ち枯らして郷里に戻るわけにはいかない。宣家が多賀谷姓を捨てて岩城宣隆と名を改め亀田に去った後は、多くの多賀谷家臣は土着して農民になった。

一六二八年の記録(拾遺類纂)には義宣の妻が多賀谷家の絶えるを恐れて、その後継を立てることを請い、義宣が承諾した古文書が残されている。後継は佐竹一門の戸村義国の子・隆経になった。多賀谷家臣が用いられた記録はない。

また一六三〇年の記録(梅津政景日記)には、潜龍山多宝院に下妻多宝院から住職を招こうとしたが不調に終わったことが書かれている。江戸浅草橋場総泉寺が干渉して下妻多宝院が断念したとある。総泉寺は佐竹氏の菩提寺である。徳川幕府に対する怖れがあったのではないか。

下妻多宝院は多賀谷氏の菩提寺。多賀谷氏が常総の雄として勢威を振るった時には栄えたが、多賀谷宣家が出羽国に去り、多賀谷三経が松平秀康(結城姓を改める)に従って越前国柿崎で三万二千石を与えられるに及んで衰退している。代わって能代市の潜龍山多宝院が多賀谷氏の菩提寺となった。山間に突然と現れる伽藍の威容は周囲を圧倒するものがある。世俗を捨てた重経の次女は、ここで静かな生涯を終えたに違いない。そう思うことにしている。
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