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友と語らん鈴懸の径 渡部亮次郎
標題は戦時中の昭和17年、ハワイ生まれで一時帰国したまま帰れなくなった日本人灰田晴彦が作曲した曲に新聞記者出身の作詞家佐伯孝夫が詞をはめ込んだ。『鈴懸の径(すずかけのみち)』として晴彦の弟勝彦が囁くような歌い方で歌った。

「友と語らん 鈴懸の径 通いなれたる 学舎(まなびや)の街。やさしの小鈴 葉かげに鳴れば 夢はかえるよ 鈴懸の径」

「新版 日本流行歌史 (中)」によると「間もなく学徒動員令が下り、出陣の学徒は万感の思いを込めてこの歌を歌った」とあるが、広辞苑によればそれは「学徒出陣」である。

「太平洋戦争下の1943年、学生・生徒(主として法文科系)の徴兵猶予を停止し、陸海軍に入隊・出征させたこと」とある。学徒「動員」なら勤労動員といい国内の軍需工場などに中学生(旧制)以上のほぼ全員がかりたてられた。私は小学校(国民学校)だから行かなかった。

戦後になって灰田の母校立教大学構内に鈴懸の並木路が出来たらしいと聴いたがまだ見ていない。大変なこじつけもあったものである。

ところで鈴懸の木はプラタナスが元々の名前である。種類が10種ある、とされている。

スズカケノキ科で、落葉高木である。街路樹または庭園樹として広く植えられている。バルカン半島からヒマラヤまでの温帯に分布し、紀元前からすでにイタリアに入り、16〜17世紀にはフランス、イギリスでも街路樹に用いられたという。

日本には明治初め(たしか明治2年)に渡来し,小石川植物園に植えられた。その果が、山伏の着る篠懸の衣に付く房の形に似ているところから、その和名がついたという。

日本で最も多く植栽されるのはモミジバスズカケノキ。本種とアメリカスズカケノキの雑種といわれ、樹皮は灰緑色で鹿の子まだらにはげ,葉の切れ込みは両種の中間で全形がカエデの葉に似る。

スズカケノキの仲間は、やせ地や低湿地でもよく生長し、公害に強く、刈込みにも耐えるので,世界の温帯で広く植栽される。日本でもプラタナス(英名plane tree)と総称して明治40年ごろから挿木で広がり始め、今日各地で街路樹としてはイチョウと並んで最も多く用いられている。材は強硬で、原産地では家具や器具材にも利用される。

私が毎日の散歩コースとしている恩賜公園の北部広場には鈴懸の大木がならんで12本植わっている。公園の完成が昭和50年代だから既に30年以上経っているが、今度おそらく初めて剪定の手が入った。

埼玉県ナンバーの車に乗った造園業の作業員3人が3日かかって大小の枝を殆ど切り落とした。なんだか髭もじゃのルンペンが子供の裸ん坊に変身したみたいにすっきりした。

そういえばこの公園での散歩も10年以上になるが、木々の剪定はあまり見たことがなかった。それが昨年5月に何百株の皐(さつき)を開花寸前にばっさり剪定。

秋にはあちこちの垣根をすべて剪定。おかげで公園は見通しがとても良くなった。東京都がこうした非生産的なことに予算を割く事は随分、文化と言うものに配慮したことであって、或いは知事どのの文化レベルを示しているのかな、と思ったりする。参照:世界大百科事典 エンカルタ事典 2007.01.18
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