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亀井勝一郎の「現代史の中のひとり」 古沢襄
亀井勝一郎さんが昭和三十年に文藝春秋新社から「現代史の中のひとり」という単行本を出している。昭和二十五年から三十年にかけて諸雑誌に発表した作品の主なものを収録しているのだが、当時の世相や知識人の考え方を知るうえで貴重な証言が綴られている。

あれから半世紀の歳月を経たが、時代を経ても色褪せない文明論が遺されていて、読んでいても楽しい。今かしましく雑誌や新聞、テレビで出ている時評が半世紀後まで残るものがどれだけあるのだろうか。多くのものは一過性で、時代の波に呑み込まれて跡形も残らない気がする。

亀井氏は明治以降の文藝批評で自己を確立した人は青野季吉、小林秀雄、河上徹太郎の三人ぐらいと厳しい。文藝批評といっても亀井氏が云うのは単なる小説評ではない。美術、音楽、人生論、社会批判まで範囲を広げた文明論を求めている。

「占領下の文化生活」に次の一文がある。
敗戦によって日本の隠されたウミがどっと押し出たのは当然である。あらゆる醜態が暴露された。死の危機や食糧不足や交通地獄を通じて、われわれ日本人は自分の正体をまるだしにしたのだ。ここでまづ思い出されるのは、様々な日本罵倒論である。戦時中のひとりよがりの日本賛美論への反作用でもあるが、よくこれほど悪口が云えると思うほど自国への悪口が放たれた。つまり日本人は日本人によって袋だたきにあったようなものである。

その頃第三国人の名義をかりて闇商売をする日本人があらわれたが、同様に第三国人の思想をかりて、「後進国日本」をけなすことに一種の優越感を抱いているらしい文化人もあらわれた。

「敗戦の頃」には天皇家について次のように言っている。
戦後まもなくのことだが、武者小路実篤、辰野隆、徳川夢声の三氏と私は、徳川邸でしんみりと天皇家の在り方について語ったことがある。ジャーナリズムのほとんどがあげて天皇の悪口を云っているときであった。

夢声氏は「こうなればわれらはちょっと北畠親房のような心境ですな」と笑ったが、いわゆる天皇制というしかつめらしい政治制度から完全に離れて、なごやかに国民とともに暮らせる最上の方式がないものかと思案したものだ。

「文明批評への道」では戦後文化人と称する人種を痛烈に批判している。
東西古今、何についても知っているが、バック・ボーンだけはないというのが戦後文化人の特徴である。お互いにものわかりがよくなったことは結構だが、ものわかりがよすぎるのも頼りない感じがするものだ。

この二、三年様々な美人コンクールが盛んだが、八方美人コンクールをやってみたら面白いのではないか。

「古典の地をめぐって」では一世を風靡した唯物史観に厳しい眼を向けている。
革命裁判というものは生きている人間に対してだけでなく、死んだ人間に対しても行われるものである。大変革期の特徴で、つまり史上の人物の評価が逆転することが、しばしば起こるのだ。戦後の現象として見落としてはならない点だろう。

敗戦とともにいわゆる皇国史観は崩壊した。代わって登場したのは唯物史観である。その根本には、日本史を正確に再検討しようという気運のあったことは認めなければならない。

しかし戦後の新史家の書物には納得出来かねる点も多かった。唯物史観の公式か、そのまがいもので割りきっている連中が続出したのにはうんざりしたのである。口先だけの唯物史観論者が氾濫した。史上の人物に対して、官僚的であるということが彼らの致命傷なのだ。

資料と唯物史観があれば、結構歴史が書けると思いこんでいる人間もいる。今年あたりから(古沢注記=昭和三十年)歴史教育が復活されそうだが、どういう歴史を教えるにしても、まずその歴史をかいた人間の正体から研究してかかる必要がある。歴史家と称する連中の人物鑑定が先決問題なのだ。

「文壇人から文化人へ」はジャーナリズムの本質に迫っている。
空前のジャーナリズム・インフレーションが起こった。雑誌も新聞もラジオもとにかく毎日何かをやらねばならぬ。問題がなければ問題をつくり、事件がなければ事件をさがさなければならぬ。それを語り描く人間も必要だ。

かくして多忙無比の強烈なメカニズムの中に、私もすっぽり包まれてしまった。お蔭で視野が広くなったような気はするが、実は「文化人」という一大消耗品と化したのではないか。

一体自分の言説が、どれだけの意味をもつのか。一人間として是非とも語りたいと思う問題など、そうある筈がない。一生にひとつの問題を追求しただけでも結構なのだ。しかるにあらゆる問題を、しかも大問題らしきものばかりを、のべつまくなしに四方八方にしゃべりつづけるとはどういうことか。

たしかに病気だ。「文化人」とはその罹病者の典型に違いない。もっともジャーナリズムの速度ははやくて、何事も片っ端から忘れられていくのはある意味で衛生的かもしれないが。

亀井氏の文藝批評は半世紀後の今日では極めて当たり前の所論なのだが、これを発表した半世紀前には進歩的文化人と称する人たちから猛烈な批判を受け、左傾化していたジャーナリズムから一顧だにされなかった。その意味で「現代史の中のひとり」は、今では貴重本になっている。

亀井氏は”終戦”という用語を使わない。”敗戦”と云っている。石原都知事が”第三国人”という用語を使って、ジャーナリズムの袋叩きにあったが、戦後の闇市時代を経験した私たちにとっては、第三国人は日常使っていた用語である。その用語を曲げるつもりはない。
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