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カネの亡者は卑しい 古沢襄
人間は適当にハングリーであった方がいい。食うに困るほど貧乏では困るが、その経験もしてきた。だから、いつ元の貧乏生活に戻っても困らない様に自分の生活レベルは貧乏当時と変わらない”粗衣粗食”を保っている。

戦中・戦後の食糧難のことを忘れない様に月に一度は”すいとん”を作って、女房や娘たちに食べさせた。長い一生だから時には収入に恵まれた時もある。戦後のマスコミは比較的給料が良かったから、そこで支社長、局長、役員と出世の階段を上ると普通の人より収入が多かった時期もあった。

私の貧しい生活ぶりをみて「カネが残るでしょう」と皮肉を言われたこともある。だが、多くを人のために散じてきたからカネは溜まらなかった。散じてきたから出世の階段を上れたのかもしれない。

私は両親から「カネの亡者になるのは、もっとも卑しい」と教えられてきた。カネに執着しない性格は親の教育で形成されている。学校教育ではない。進学校だったから仲間を蹴落とす”お勉強”しか教えて貰わない。むしろ、それに反発した。今の教育論議を聞いていると違和感が先に立つ。大本のことがなおざりにされている。

子を教えるべき親の教育が為されてこなかったから、今の殺伐たる世相が生まれたと思っている。敗戦によって親たちは自信を失った。発言力を失った親たちに育てられた子供たちが子を育てる規範を喪失し、さらにその子供たちが親になろうとしている。

文部省や日教組が教育の再生を唱えても実効があがらないのは、根っこのところにある親の自信喪失が世代を越えて続いているからであろう。その意味で敗戦がもたらした禍根は大きい。精神的にいえば戦後からまだ脱却していない。

敗戦によって国土は廃墟と化している。二年後に上京した私は神楽坂が一面焼け野原になったのをみてショックを受けた。上野駅の地下道には戦災孤児が群をなしていた。銀座にでると若い日本女性が進駐軍の腕にぶら下がってケバケバしい衣装で闊歩している。

食い物が欲しい。カネが欲しい。それしか考えることができなかった。豊かになれば救われると誰でも思った。朝鮮戦争は日本の復興の転機になったと思う。朝鮮半島の悲劇を考える余裕などなかった。それには理由がある。戦後、第三国人と称する朝鮮人がヤミ市などで跋扈し、あたかも戦勝国のように振る舞っていた。私たちは第三国人を憎んだ。

日本人の深層心理には中国人に対しては寛容だが、朝鮮人に対しては寛容になれない傷痕が残っている。こちらがそうだから、朝鮮戦争で焼け太りした日本人に寛容になれない朝鮮人の心理が残るのは当然であろう。

豊かになりたいという日本人の願望は田中角栄首相の時代に一応は達成されたと思う。一億が中流意識を持てるようになった。だが、豊かになっても心の豊かさは、むしろ低下している。カネがすべてではなかった。むしろ拝金思想の弊害が顕著になっている。心という大切なものを日本人は置き忘れている。

国会の議論を聞いていても、何かチグハグなものを感じざるを得ない。清廉潔白な美風が失われたままだから、地方の知事の不祥事件が頻発している。これでは地方分権、地方の時代など来る筈がない。悪風が地方に拡散するだけではないか。そんな地方分権などは潰した方がいい。

国が乱れてくると、それをただす英傑が現れるというが、政界を見渡しても、それらしき人物が見当たらない。かくして根っこがない”根無し草”の日本は、ジングルベルの喧噪に包まれて新しい年を迎えようとしている。
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