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タイワンの核武装? 古沢襄
北朝鮮の核武装を阻止し得なかった米国と中国だが、アジアでの次の核武装国家はタイワンだという見方が浮上している。タイワンが核武装すれば、中国もうかつにはタイワンに武力攻撃ができなくなる。人口密集地帯の北京や上海など主要都市がタイワンの核ミサイルで狙われるからである。

この構図は北朝鮮の核武装を阻止するために、クリントン大統領時代に米国が北朝鮮攻撃を密かに検討したことと似ている。北京オリンピックや上海万博がなければ、中国はタイワン攻撃を本格的に考えたであろう。ちょうど米国と中国は、相手国が北朝鮮とタイワンと違うが、同じ立場に置かれている。

中国が北朝鮮の核実験阻止に真剣に反対したのを、この分析を下敷きにして見ると北朝鮮問題はタイワン問題にリンクしていたことが分かる。少なくとも中国の為政者は、このケースを想定したに違いない。日本や韓国の核武装よりもタイワンの核武装の方が、より政治的に重大だと判断して、北朝鮮の核実験に反対した。

タイワンの核武装を国際社会が阻止できなければ、韓国も核武装を真剣に考慮するであろう。東アジアで核の悪しき連鎖がおこらないと断言できる者がいるだろうか。核は究極の武器といえる。どの核保有国も”防衛核”だと言っている。これほど曖昧な定義はない。「攻撃は最大の防禦」と称して繰り返された戦争の歴史がある。

ドン・オーバードファー(二つのコリアの著者)は、韓国の朴正煕大統領が核兵器の開発に着手する計画を持っていたと暴露している。1970年に朴大統領は当時のニクソン米大統領が在韓米軍の第七師団を撤兵させる決定を下したことで、北朝鮮との軍事バランスが崩れると危惧し、核保有によって穴を埋めることを選択している。

核拡散を怖れる米国の支援は受けられない見通しの下に、1972年にフランスとの間で核燃料再処理工場の技術設計を構築した。すべてはワシントンとの関係を遮断して極秘裏に行われた。この再処理工場が稼働すれば、広島投下型の原爆二個を保有できる筈であった。

1974年にインドが初の核実験に成功している。韓国の核開発計画は内部の密告者から米国にもたらされた。1974年11月にソウルの米大使館からワシントンに送られた極秘情報は「韓国が核兵器開発計画の初期段階に入りつつある」という衝撃的なものであった。

フォード大統領とキッシンジャー国務長官は、この計画を阻止するために、まずフランスを説得している。そのうえでシュレジンジャー国防長官が朴大統領に「韓国の核兵器計画は米韓関係を損なう」と忠告している。朴大統領は秘密兵器計画の存在を認めていない。

結局はフランスが計画から手を引いて、幻の核兵器計画に終わったのだが、朴大統領はあきらめていない。朴側近の証言によれば「1981年半ばまでに核爆弾の開発を完了させる」と執念を燃やしていたという。
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