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無駄だな、無駄だな! 古沢襄
人間というのは性懲りのない生き物だと思う。過去の歴史をみれば、戦争に次ぐ戦争を繰り返してきた。そして犠牲になるのは、いつも名もなき庶民であった。戦争の指導者は誰もが”正義の戦い”つまり”聖戦”を唱える。そして戦争の時代に科学技術が大きく発展してきたのも事実である。

池田源尚さんという作家がいた。昭和十四年に小説「運・不運」で改造社の文芸賞を受賞してデビューした人だが、古沢元の親友でもあった。富山県の地主の子だったが、当時の若い学生は多かれ少なかれマルクス主義者であり、共産主義者だったと回顧している。戦後は農民運動に情熱を燃やしたが、日本共産党の路線に異議を唱え脱党している。

昭和十八年夏のことだ。池田源尚と古沢元は四谷から市ヶ谷に向かうお壕端に立って、お濠の水を見ていたという。古沢元は、その前年に長編小説「外壕端」を発表している。水上勉氏は平成七年の毎日新聞文化欄コラムで「古沢元氏は外壕端という長編を連載していたが、長髪で、痩身だった古沢元氏の芥川龍之介に似た着流し姿が、あまりにもまばゆかったので、よくおぼえている」と書いた。



そのお壕端に立った古沢元は池田源尚に虚無的な心情を吐露した。「出会いと作品」というエッセイに、その情景が描かれた。

<お濠の水には青みどろが浮き、空には飛行機の爆音がしていました。その爆音を聞いているうちに、元君は不意に、無駄だな、無駄だな、と思った、というのです。「第一に戦争が無駄だな、と思った。第二に生きていることが無駄だな、と思った。第三に文学が無駄だな、と思った」というのです。随分と無駄だなと思ったものでしたが・・・>その二年後に日本は敗戦を迎えている。シベリアに抑留された古沢元は敗戦の翌年五月に死亡した。三十九歳の若き死であった。

七十四歳になった私は最近になって古沢元の”無駄だな”という心情が分かる気がする。昔の人は人生五十年を足早やに駆け抜けていった。それだけに私たちの半分の年齢で達観する境地に立ったのかもしれない。戦争が無駄だな、というのは、戦後六十一年間も平和が続いた現在、心にその大切さが焼き付いている。

だが、馬齢を重ねている私には、まだ生きていることが無駄だな、という境地には達していない。馬齢を重ねて終末を迎える時になって、あるいは、そう思うのかもしれないのだが・・・。文学を志す気持ちは、ジャーナリストになった時から捨てている。捨てた私が文学が無駄かどうか論じる資格はない。ただ言えるのは戦争を知らない世代が第一線に立つ現代において、私たちの祖父や父たちが、真剣な人生論を闘わしていた時代があったことだけは忘れてほしくないと願っている。
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| - | 2018/04/02 4:23 PM |
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