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つるぎ号とモリブデン 菊池今朝和
七月末から八月初めまで富山県宇奈月町(市町村合併で黒部市宇奈月温泉)の酒屋さんが経営する北アルプス裏剣岳の「池の平小屋」にいた。この小屋明けの手伝いをしていたのだが、涼しい標高2200メートルの地で一週間あまり過ごした。下界の猛暑が嘘にような別世界。

この小屋と関わりを持って十七年になる。大正年間の初めこの地で採掘された輝水鉛鉱(きすいえんこう・元素記号で表すとMoS2となりこのMo部分がモリブデンと呼ばれている)は、北陸線の滑川まで運ばれ、そこから東京の北区赤羽に移送している。

赤羽には耳鼻咽喉科の医師で後藤新平の信任を得ていた岸一太(きし・かずた )医学博士が、日本で初の民間飛行機製作会社となる赤羽航空機製作所を開設した歴史がある。近くには岸飛行場と呼ばれた民間飛行場もあった。

岸一太氏は岡山県出身。明治三十年に岡山医学専門学校を卒業、ドイツに遊学して帰国後、東京・築地明石町で耳鼻科院長で開業していたが、大正四年に自ら開発した発動機にモーリス・ファルマンの機体をつけた飛行機「つるぎ号」を製作している。

続いて「第二つるぎ号」を完成し、昭和六年に赤羽航空機製作所を設立したが昭和十年に倒産、失意の中で亡くなっている。

剣岳で採掘された、モリブデンは飛行機のエンジン部のもっとも力のかかるシリンダーの合金素材して使われ、「つるぎ号」として帝都の空を滑空、陸軍にも納入されたという。

日本で初めて飛行機が飛んだのは明治四十三年。アメリカからマースという曲芸飛行家が来日して、妙技を有料興行したのがきっかけとなって、民間飛行家も生まれ、小規模ながらも各地に民間飛行場が設けられた。

岸飛行場は四万坪を整地して、そこに風洞、電機溶鉱炉、乾燥室等を備えた飛行機製造工場を併設する本格的なものだったという。開場式には岸博士自作の「つるぎ号」でテスト飛行が試みられたという。明治、大正、昭和を駆け抜けた先覚者のことを知る人も少なくなった。

参考 モリブデン (Molybdenum):原子番号 42 の元素。元素記号はMo。クロム族元素の一つ。銀白色の硬い金属(遷移金属)。常温、常圧で安定な結晶構造は、体心立方構造 (bcc) で、比重は 10.28、融点は摂氏 2620℃、沸点は摂氏 4650℃(融点、沸点とも異なる実験値あり)。空気中では酸化被膜を作り内部が保護される。高温で酸素やハロゲン元素と反応する。

アンモニア水には可溶。熱濃硫酸、硝酸、王水にも溶ける。原子価は +2 価〜 +6 価。輝水鉛鉱( MoS2など)に含まれる。資源としては、アメリカで約30%、チリで約30%など、北南米で世界の過半数を産出している。

モリブデンは、人体(生体)にとって必須元素で、尿酸の生成、造血作用、体内の銅の排泄などに関わる。微生物の窒素固定に関しての酵素(ニトロゲナーゼ)にも深く関わっており、地球上の窒素固定量の70%以上は、モリブデンが関与していることになる。<フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用>
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