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古事記書きおろしと杉浦幸雄 古沢襄
漫画家・杉浦幸雄が亡くなって戦前の新漫画派集団がすべてこの世を去った。杉浦幸雄は女性漫画を描いたら当代随一。みずからを「女性礼賛論者」といって憚らなかった。描かれた女性は戦中・戦後の困難な時期に、明るく挫けない女性像を漫画の中で躍動させている。

私の義理の叔父に当たる人だったが、亡くなった富子夫人のことを人前でも「カークン」と呼ぶ恐妻家。明るく挫けない女性像は、夫人がモデルだったと思う。戦前の「主婦の友」に連載した「ハナ子さん」漫画は、新漫画派集団で「とんちゃん」の愛称で人気があった富子嬢のキャラクターがでている。

私は「北の文学」という文芸誌に「鮭の川上り」の表題で巻頭コラムを書いたことがある。その中で、日本古典文学の最高峰は、日本の神々を高らかに歌いあげた古事記だとし、ギリシャの神々を歌いあげた「ギリシャ神話」に少しもひけをとらない古典文学を伝承文化として持っている、と書いた。

それを見た杉浦幸雄は「私も漫画”古事記”の書きおろしをしています。なかなかはかどりませんが、出来ましたら(いつのことやら)謹呈いたします」とハガキで知らせてくれた。



古事記は神代の頃のおおらかなエロテイシズムの世界が描かれている。「ロダンもピカソも、天才の目指す極致はエロテイシズム」といった杉浦幸雄は、究極の仕事として、漫画”古事記”を描こうとしていた。

漫画家の元祖は浮世絵師の葛飾北斎だともいっていた。単なる「女性礼賛論者」ではない。八年前に岩手県西和賀町の玉泉寺境内で、古沢元・真喜夫婦作家の文学碑の除幕式があった時に、高齢の身で杖をつきながら、東京から駆けつけてくれた。「漫画”古事記”はマダマダ」といった姿が忘れられない。2004年6月18日肺炎のため死去。九十二歳で亡くなる直前まで執筆し、生涯現役を貫いたが、漫画”古事記”を完成せずに、この世を去る心残りがあったと思う。

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