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上野駅構内の啄木碑 古沢襄
私たちは今日、明日のことに囚われて昨日のことを忘れ去る時代に生きている。私たちの少年時代には”十年一昔”と教えられたものだが、今は”三年一昔”、いつも新幹線の旅をしている様な錯覚に襲われる。たまに在来線ののんびりとした旅をすると、車窓に映る田園風景が新鮮なものとして心に刻まれる。
最近は東京の街に出ると滅法疲れを感じる。街を行く人たちが前のめりになって、セカセカと歩いているが、そのテンポについていけない。といって一人だけノンビリと歩くわけにいかないから、人の流れに身を任せるしかない。東京で生まれ、東京で育った私だが、戦前の東京は江戸情緒があちこちにあった。それが私の心の故郷であったのだが、ビルの林立する今の東京は私にとって異国のようなものである。働くには良い都会かもしれないが、ここで一生を終える気が起こらない。

昔の東京の面影をかすかに残しているのは隅田川沿いだけではなかろうか。だから浅草界隈にはよく行く。浅草の街も人出で賑わうが、不思議と疲れを感じないですむ。仲店通りを歩いて名物の七味唐辛子を買ったり、戦前の味が残るハヤシライスを食べて、武田麟太郎や高見順といった作家たちの時代に想いを馳せる。

私は東京駅よりも上野駅の方が好きである。東北新幹線の改札口近くには石川啄木の碑がひっそりと立っている。岩手県の渋民村を追われるように去った啄木だが「ふるさとの訛(なまり)なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」の短歌から尽きせぬ故郷に対する想いが伝わってくる。だが、この啄木碑に気付く人も稀となった。東京に住む東北人で上野駅の構内にある啄木碑のことを知っている者が何人あるだろうか。

東北はこれから一年のうちで一番良い季節を迎える。深い雪に閉ざされ、忍従の越冬を終えた後に萌え出る緑の季節が到来する。山も野も躍動感に満ちた世界一色になり、雪解け水をたたえた北上川や和賀川が滔々と流れる。まさに大都会にはない雄大にして繊細な風景である。夏までの短い期間だが、毎年、この期間だけはのがさず東北の旅をしてきた。

志賀かう子さんという佳人がいる。岩手県の雫石町に住み、盛岡市の野の花美術館の館長をしていたので、盛岡に行くと必ず訪れてコーヒーを入れていただくのが楽しみであった。父も兄も国会議員だったので、よけい親しみをもったのかもしれない。ある日、市内のドイツ料理店でワインを飲みながら、本当の東北弁を教えて貰った。半分以上、理解できなかったが、歌をうたう様に東北弁で語るかう子さんの口元をみていて、凛とした天女だと思った。そのかう子さんも今は東北を去り、生まれ故郷の栃木県で文化活動をしている。

私が住む茨城県は不思議と東北との縁が深い。茨城県は常陸国といった。常陸国の太守だった佐竹氏は徳川家康から疎まれ、出羽国である秋田県に移封されている。それからの秋田藩は、徳川幕府からの監視の目に曝されながら、米、材木、鉱山事業といった内政に力を尽くし、さらに日本海の海運という貿易政策に活路を見いだしている。養蚕や織物業も活発となり、幕末まで秋田藩は命脈を保った。

常陸国を去った佐竹氏に代わってご三家の水戸藩が、この地を支配する。この水戸藩と岩手県の南部藩は太い絆で結ばれている。水戸藩の藩学・弘道館は有名だが、南部藩は弘道館をモデルにして藩校・明義堂を慶応一年(1865)に作った。藩教授・那珂五郎の献策によるものだが、この那珂氏は茨城県の那珂川周辺を祖地とする一族である。明義堂は後に作人館と名を改め、明治維新によって旧制盛岡中学となった。

文武一致が作人館の学風であるが、それはまた弘道館の学風そのものである。作人館からは東洋史の学究・那珂通世、明治陸軍の英才・東条英教、平民宰相の原敬が育ち、伝統を受け継いだ盛岡中学からは野村胡堂、石川啄木、宮沢賢治、金田一京助といった文人が輩出し、陸軍の板垣征四郎、海軍の米内光政、山屋他人(雅子妃殿下の曾祖父)といった将星を生んだ。

ついでながら東条英機は東条英教の長男だが、岩手県人は東京人だと言っている。東条家の墓は盛岡市内にあるのだから、歴史を曲げるのは如何なものかと思うのだが・・・。東条英機は私や増田岩手県知事の母校である東京府立第四中学の出身なのだが、その伝でいくと増田知事も岩手県人ではないことになってしまう。都合のいいお国自慢はほどほどにした方が良い。
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