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獣祖神話と北アジア 古沢襄
チベットでは「蒙古人の祖先は犬」と信じられている。一方、蒙古では「チベット人の祖先は猿」なそうである。まさに犬猿の仲なのだが、蒙古人とチベット人は至極仲が良い。

モンゴルの英雄・ジンギス汗は”蒼き狼”の子といわれた。モンゴル神話では蒼き狼と白い牝鹿とが天の命でやってきて、生まれた最初の人間が「バタチカン」だと伝えている。蒼き狼の名はポルテ・チノ、白い牝鹿の名はコアイ・マラル。作家・井上靖は「蒼き狼」の小説を書いたが、ジンギス汗の征服欲の根源は、蒼き狼の血だとした。

ポルテ・チノの狼血が、ジンギス汗に流れ、殺戮の征服欲の根源になったという説は「モンゴルの秘められた史(ふみ)」という歴史書に依拠している。井上靖は小説を書くに当たって、この狼始祖史料を使っていた。実は、もう一つの犬始祖伝説がある。ジンギス汗は、むしろ蒼き狼の血統ではなくて、黄色い犬の血統だという。

ジンギス汗はモンゴル族の中でボルジギン氏族に属していたが、この氏族に伝わったのは犬の始祖神話。蒼き狼のポルテ・チノから十二代目の子孫にドブン・メルゲンという人物がでる。妻のアラン・コアとの間に二人の男子を生んだが、ドブン・メルゲンの死後、もう一人の男の子が生まれている。この子は狼始祖を持つドブン・メルゲンの血を受け継いでいない。

アラン・コアは、男の子の父親は黄色い犬だといった。そして犬の子・ボドンチャルがボルジギン氏族の始祖となった。ジンギス汗は狼の血統ではなく、犬の血統だったことになる。腹心の功臣であるジュベ、フビライ、ジュルメ、スペエデイの四人も「狗(いぬ)」に比せられている。

草原の民である遊牧民族には、こような狼始祖や犬始祖の「獣祖神話」が多い。豊かな牧草地をめぐって遊牧民の間では、争乱が絶えなかった。戦いに当たっては「獣」のごとく勇敢で、残忍になることを祈った。「獣の掟」の中から「獣祖神話」が生まれたのではなかろうか。

もう一つのことがいえる。それは現実的な問題である。遊牧民族の間では既婚の妻でも奪い合いの対象になる。力の強い者が美しい女性を独占する「略奪婚」が日常茶飯事であった。草原の民には「一夫一婦制」は存在しない。しかも略奪者が戦死すれば、美しい略奪品は新しい男のものになる。かくして父親が分からない子が多く産まれる。その父親を蒼き狼とか黄色い犬の子に擬したのではないか。

ジンギス汗ですら父親が定かでない。父イエスゲイ・バアトルは毒殺されたが、母ホエルンにはイエケ・チレドウというメルキト族の前夫がいる。しかも相思相愛の仲であった。それをイエスゲイは略奪して妻にしている。どちらの子であるか、母ホエルンしか知らない。

この話には続きがある。ホエルンを略奪されたメルキト族は、九年後に復讐を遂げる。略奪者の父イエスゲイ・バアトルは毒殺されて、この世にいないので復讐のターゲットが息子のジンギス汗に向けられた。ジンギス汗には一歳年上のポルテという妻がいた。不意打ちをかけたメルキト族はポルテを捕らえて、チルゲル・ポコという男の妻にしてしまう。そしてジュチという男の子を生まれた。

ポルテはジンギス汗によって奪還されたが、ジュチがチルゲル・ポコの子なのか、ジンギス汗の子なのか、ポルテ自身にも分からない。産み月から逆算してポルテが略奪された頃が妊娠月だからである。

しかし草原の民は、実におおらかなものである。ジンギス汗はジュチを長子として遇している。ジンギス汗の死後、ジュチの子であるバトウが、十万の騎馬軍団を率いて、ロシア平原に現れ、モスクワを陥れ、キエフを抜き、さらにハンガリー、ポーランドに侵入、ワールシュタットの原野でドイツ・ポーランド連合軍を粉砕している。

アジア大陸の遊牧民族には、狼始祖や犬始祖の「獣祖神話」が多いのだが、海を渡った日本には、このような獣祖神話が見当たらない。稲作文化が入ったのに伴って、古代漢族や朝鮮半島にみられる「感精(かんせい)神話」が広まった。感精とは超自然力の天降る霊物などを意味する。

しかし、稲作文化の前の縄文文化の時代には、「獣祖神話」ともいうべき伝承があった気がする。古墳の発掘で縄文式古代人の墓から埋葬された犬の骨がでてくる。狩猟の時代には、犬は人間のパートナーとして大切にされている。ところが早くから稲作が入った中国の江南では、犬はもっぱら食用として飼われていた。そこには獣祖神話が入り込む余地がない。

北アジアの古代史研究は、手つかずの状態にあるといって良い。その中でも日本は進んでいる方ではないか。北アジア史は、古代モンゴル史でもあり、古代トルコ史でもある。獣祖神話を「モンゴル=犬」、「トルコ=狼」と区分けして考えてみたらどうであろう。

モンゴル民族の始祖神話には「彼らの始祖は犬から生まれた」とか「木から生まれて犬に養われた」という犬祖神話が多い。ところが古代トルコ民族には狼祖神話が多いという特徴がある。

だが、同時に古代モンゴル人と古代トルコ人は、長い歴史の中で混血・同化してきている。代表的な例はバイカル湖周辺のブリヤート・モンゴル人だ。同化して混じりあった糸を解きほぐすには、獣祖神話の「モンゴル=犬」、「トルコ=狼」の区分けに戻ることではないか。

五世紀のはじめからモンゴル高原の北部に住み、アルタイ山脈の西方に「高車・丁零(こうしゃ・ていれい)」という古代トルコ民族がたてた遊牧国家があった。その始祖伝説は狼に関するものである。

匈奴(きょうど 紀元前209〜)の君主・単宇(ぜんう)に二人の娘がいた。容姿が極めて美しいので、天に嫁がせるため高台に四年置いたが、ある日老いた狼がやってきて、穴を掘って住みついた。姉は畜生を嫌って高台を去ったが、妹は狼の妻となり、子を産んで高車・丁零という国家を成した・・・狼始祖伝説。

匈奴がモンゴル種なのか、トルコ種なのか定説がない。だが高車・丁零の建国神話でみるかぎり匈奴も古代トルコ民族が多数を占める連合体だった可能性が強い。

高車のことを中国の史書は「高輪の車を使用する丁零族」と書いている、この言葉から背の高い丁零族が想像できる。漢人が驚く背の高い丁零こそは、最古の古代トルコ族といわれている。言語学者は「トルコ→テュルク→テイレイ」と読み解いている。高車丁零の後身に「鉄勒(てつろく)」という強大な国家が現れ、やがて突厥(とっけつ)国家が誕生する。「→テツロク→トッケツ」と読み解くと、ジンギス汗が現れる(十二世紀)前の北アジアは、狼始祖神話を持つ古代トルコ民族が強大な勢威をふるっていたことが想像できる。

突厥(とっけつ)は六世紀から頭角を現し、東は興安嶺から西はウズベキスタンのソグド地方に至る空前の地域を制圧、古代トルコ大帝国を建設した。しかも北アジアの遊牧民族史上はじめて文字を用いて、オルホン碑文を残している。しかし、支配する領土が余りにも広大だったから、この遊牧帝国はアルタイ山脈を境として、東西の両帝国に分裂している。

突厥にも狼の始祖神話がある。鉄勒の末期に隣国と戦って、ただ一人生き残った十歳の男の子が、牝狼が住む洞窟に匿われ、それと交わった。やがて十人の男児が生まれ、その子孫が繁栄して突厥帝国を作ったというものである。この下りは「周書」や「隋書」、「北書」に出ている。

東西に分裂した突厥(582)は、西突厥が739年に滅び、東突厥も744年に滅亡。いずれも唐の太宗の時代である。十二世紀になってジンギス汗が現れるまでの北アジアは、群雄割拠の時代だったが、東の「金」と西の「西夏」が栄えている。女真族の国である金の始祖神話には、日本の羽衣伝説に似たものがある。

その昔、長白山の湖に三人の天女が舞い降り、水浴びをして遊んだ。その時、カササギが赤い実をくわえてきたのを、一番下の妹の天女だけが食べてしまった。妹は身ごもり、そのために再び天にかえることもできなくなった。

そして天女は赤子を生んだが、その子は、大変聡明で利発な子に成長し、やがて川を下っていって、人々を治めるようになった。それが、女真族の始祖プクリ・ヨンジュン。

西夏はチベット系タングート族が作った国だから、狼始祖神話も犬始祖神話も持っていない。草原を制圧した「古代トルコ民族=狼」の時代が終わり、十二世紀のジンギス汗が登場が迫っている。「狼=トルコ民族」から「犬=モンゴル民族」へ舞台役者が交代しようとしている。
| - | 21:02 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |







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コメント
非常に面白い知られてない歴史ですね。昔この方面を真剣に考えたこともありました。
| kikuchi | 2014/05/11 6:42 PM |
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