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インドガンと蒙古民族 古沢襄
西川一三さんの西域潜入記を読みながら、渡り鳥の王者・インドガンの飛翔経路に想いを馳せている。インドガンはインド北部で越冬して、チベットの山岳地帯を越えて、シベリアのバイカル湖を目指して飛翔してくる。その途中で中国の青海湖、モンゴルのウブス湖で羽を休める。青海湖で一番人気がある渡り鳥。

奇しくも西川一三さんはインドガンの飛翔経路を歩いて踏破したことになる。この道は蒙古民族が拡散していったモンゴル街道でもある。同時に古代トルコ民族が北上してきた道とも交差している。

そして黄河流域から興った漢民族との戦乱の歴史を刻んだ道でもある。その雄大さは世界史の中でも傑出しているが、欧米人の視野の外にあったし、中華思想の支那人からは蛮族のはびこる地として意図的に軽視されてきた。

青海湖のインドガンが、鳥インフルエンザに罹って斃死しているという大きなニュースが伝えられて、初めてこの地域に世界の眼が集まったのだから、皮肉といえば皮肉なものである。

戦前の日本人は大陸に夢を抱いている。「狭い日本にゃ住みあきた」という流行歌がはやったくらいである。戦後の日本人は経済的な利益でしか大陸を見ない傾向が顕著となった。大陸の歴史や文化という夢を追う人たちは限られている。

インドガンの飛行経路は蒙古民族の道でもある。戦前の若者は「蒙古」という言葉に胸を躍らせて大陸に渡っている。それだけに蒙古学ともいうべき知識が広まっていたといえる。西川さんの冒険記を読んでいて、蒙古民族の知識が想像以上に深いことを教えられた。

西川さんは「ロブサン・サンボー」という名の蒙古人になり切って、インドガンの飛行経路を南下する冒険旅行にでた。一口に蒙古民族というが、バイカル湖周辺は「ブリヤート蒙古人」、満州には「満州蒙古人」と区別して、外蒙古・内蒙古の「蒙古人」とは、同種ながら別派とみている。だが共通しているのはラマ教であって、西川さんは一介のラマ僧侶になって旅を続けた。

内蒙古から甘粛省と青海省の省境にあるテングリ峠を越えて、青海省に入った西川さんは「青海蒙古人」と出会う。この地には西方における黄教(黄帽派といわれるラマ新教)の一大本山・塔爾寺(タール寺)がある。

ラマ教というと日本人には馴染みが薄いが、もともとはインドのヒマラヤ山麓に勃興した仏教の流れをくんでいる。仏教は全インドを風靡した宗教だが、釈迦が亡くなった後は、インド古来の婆羅門(バラモン)教徒の迫害を受けて、大乗密教となって三つの分派を形成している。一つは中国、朝鮮を経て日本に渡来した仏教。一つはビルマ、シャムを経て東南アジアに広まった大乗仏教。そしてもう一つの流れが、北上してチベットに根を下ろしたチベット仏教。

ラマ教はチベット仏教のことである。それが蒙古に伝わり、遠くシベリアにまで広まった。私はシベリア旅行で、イルクーツク州やブリヤート共和国で初めてラマ寺院をみている。つまりチベットを発祥の地とするラマ教が、青海省から甘粛省、寧夏回族自治区、蒙古、シベリアと北上していった歴史が存在している。

ヨーロッパの歴史がキリスト教を離れては論じられないように、チベットはじめ西域の歴史はラマ教を離れて論じることはできない。しかもラマ教を広めたのが「チベット蒙古人」「青海蒙古人」「甘粛蒙古人」だった点を見逃すことはできない。
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