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母の遺伝 「有田焼」好み   古沢襄

母が「有田焼」が好きだったので、わが家には有田焼の茶碗や食器がいっぱいある。私はといえば、北陸勤務が五年、そのうち三年半は金沢だったので、九谷焼の現代陶工、田八十吉、北出不二男、小山富士夫、大樋年郎の作品に惹かれた。


日本の陶芸には大きくいって二流がある。ひとつは東日本の窯、瀬戸・美濃から分かれた窯が多い。


西日本の窯は肥前・京都の流れをくむものが多い。


母は実用品としてもっぱら有田焼のものを愛好したが、私は就職祝いに瀬戸の陶芸家・鈴木悄垢梁膸を箱入りで頂戴して以来、もっぱら芸術作品として現代名工の作品を集めて今日に至っている。


もっとも現代名工の大皿、壺、花瓶、抹茶茶碗は高くてとても手が出ないから、もっぱら「ぐい呑み盃」を集めてきた。それでも、私の陶器好きは知れ渡ったので、転勤の度に地方紙の社長や専務から頂戴した高い花瓶、抹茶茶碗が何点かある。


田八十吉、北出不二男、小山富士夫、大樋年郎の陶芸品がわが家にあるのは、この事情によるもので、いまはわが家のクレゼットに箱入りのまま雑然と鎮座している。


総じていえるのは、東日本には魅力ある土が少ない。九谷焼の生地は黒みがかっているのが特徴。素地に恵まれた西日本は、唐津、萩、備前など魅力的なものが沢山ある。


母が有田焼きを好んだのは、それなりの理由があった。だが不思議と京都の清水焼(きよみずやき)には関心を示さなかった。


有田焼きについては少し説明した方が良さそうである。ウイキペデイアが詳しい。


■有田焼(ありたやき)は、佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器である。その積み出しが伊万里港からなされていたことにより、「伊万里(いまり)」や伊万里焼とも呼ばれる。


泉山陶石、天草陶石などを原料としているが、磁器の種類によって使い分けている。作品は製造時期、様式などにより、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手(きんらんで)などに大別される。


また、これらとは別系統の献上用の極上品のみを焼いた作品があり藩窯で鍋島藩のものを「鍋島様式」、皇室に納められたものを「禁裏様式」と呼んでいる。


江戸時代後期に各地で磁器生産が始まるまで、有田は日本国内で唯一、長期にわたって磁器の生産を続けていた。1977年(昭和52年)10月14日に経済産業大臣指定伝統工芸品に指定。


九州旅客鉄道(JR九州)佐世保線有田駅-上有田駅間の沿線から煙突の立ち並ぶ風景が見られる。


■私の地方勤務は不思議と著名な窯元に縁があった。


北陸五年の勤務からしばらくして九州・博多で三年。毎年、リックサックを背負って佐賀県有田町の陶器市まつりに出掛けた。


もっとも名工の窯元に行くわけではないから、母が好む実用品の中から掘り出し物を一日かけて探した。


有田焼は母の代から山ほどあるのだが、性懲りもなくネットで有田茶碗を十数点も求めて使っている。有田茶碗で飲むお茶はひとしお美味しい。


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