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中野正剛の自決と緒方竹虎の生き様   古沢襄

■近衛首相ののブレーンだった尾崎秀実


■ゾルゲは、ドイツがソ連に攻め入る日を、在日ドイツ大使から聞いて、スターリンに報告したが、ヒトラーとドイツ・ソ連不可侵条約をむすんでたので、だいじな情報を無視し、ソ連国民に一千万をこす犠牲者をだした。


ゾルゲの報告が正確だったので、近衛のブレーンだった尾崎秀実から得た日本南進の決定を無線でゾルゲから報告を得て、スターリンは、シベリア守備部隊をドイツ戦線にふりむけ、スターリングラードで、大勝し、ベルリンで、ヒトラーの自殺へとまっしぐらに進んだ。


モスクワのゾルゲがすんでたとこは、ゾルゲ通と名がついてると聞いてます。「現代史資料」全3冊〈みすず書房刊〉参照 (投稿者 大橋圭介)


■緒方竹虎と右傾化、左傾化(2014.12.16 Tuesday name : kajikablog)古沢襄


右傾化という語句をよく使うが、吟味してかかる必要がある。


緒方竹虎さんは戦前は”アカ”といわれて右翼から付け狙われた。戦後は東洋人的な風貌から”右翼”と評された。しかし緒方さんの思想・信条は戦前・戦後を通して、一貫していて微動だにしていない。


二・二六事件で東京・有楽町にあった東京朝日新聞社が、中橋基明中尉率いる反乱軍に襲撃されている。主筆だった緒方さんは臆することなく反乱軍と対応して、中橋中尉らを引き上げさせた。よほど腹が据わっていたのであろう。中橋中尉も緒方さんに敬服していた。


アカと評されたのは、1941年のゾルゲ・スパイ事件で連座した朝日新聞記者・尾崎秀実の能力を買い、後輩として可愛がったことによる。


私が知る緒方さんは吉田茂に請われて吉田自由党の副総裁、吉田内閣の副総理になったが、吉田のことを「総理」と呼んだことは終生なかった。


記者の夜回りでも、吉田のことを「あの人」としか呼ばなかった。戦前からの緒方さんのキャリアからすれば外交官あがりの吉田などは「あの人」に過ぎない。一度は緒方首相の姿をみたかったというのは私だけではあるまい。


緒方首相になれば日本は右傾化したであろうか。そんな阿呆なことを言う者はいるまい。


私は博多の講演に招かれた時に、中洲の古い料亭『老松』に案内されたが、玄関に緒方竹虎の揮毫が飾られていた。博多で緒方さんは、修猷館時代から中野正剛と刎頸の友の交わりを結んでいる。


中野正剛は当時の東條英機首相と対立していたため、東京憲兵隊に拘留され釈放後に弾圧に抗議して自決した。


中野正剛の死は警視庁特高警察から父・古澤元のもとにもたらされた。父と一緒に渋谷・穏田の畑で農作業していた私は「中野が自決したなんて・・」と父が絶句したことを鮮明に覚えている。緒方さんのもとにも知らせがあったのであろう。


緒方さんは中野正剛の葬儀委員長を務めたが、東條首相の供花を拒否している。東京憲兵隊は東条の手兵であった。


緒方さんが遺した料亭『老松』の揮毫の前に立ちつくして中野正剛の死をあらためて想った。父も東条内閣の打倒で政界工作をしていた。米内光政の後継内閣を画策していたのである。


戦後は民主主義のご時世となったから、右傾化とか左傾化という語句が簡単に使われる。民主主義の要諦は多数派を構築して自派の主張を実現することにある。相手を攻撃するために右傾化、左傾化が吟味もせずに使われる。中庸の精神が必要なのにそんな主張は生ぬるいと一顧だにされない。


緒方内閣が実現したら戦前右翼の台頭とマスコミから叩かれていたかもしれない。しかし、その緒方さんは戦前はアカ呼ばわりされていた。緒方さんの座標軸は戦前も戦後も微動だにしていない。


変わったのは、世間とマスコミだということに自覚すらない。民主主義は人が考え得る一番良い政治システムなのだが、同時に衆愚が陥りやすい欠陥も合わせ持っている。


安倍首相は祖父・岸信介の政治的な軌跡を忘れたかの様にアベノミクスといった経済・景気回復に力を注いでいる。


その岸さんも反東条で東条内閣の打倒に一人で走り、東京憲兵隊からつけ狙われた。北一輝の思想に共鳴していたと御殿場の別荘で私に熱っぽく語った記憶も鮮明に覚えている。


世間の方が変わりやすいという考え方を安倍首相はとっているのであろう。それまでは世間が求める景気対策に専念して多数派を維持するのがいい。結論はその息の長い政治姿勢を保っていれば、安倍政権は戦後最長記録を記録した叔父の佐藤政権をさらに記録更新するであろう。


そのうえで何をするか、それは安倍首相が知っている。経済バカと評されても動じる必要はない。政治の座標軸さえ変えなければいいではないか。


■首相が会見 経済最優先で政権運営に


安倍総理大臣は記者会見し、衆議院選挙の結果を受けて、引き続き、経済最優先で政権運営に当たるとして、新たな経済対策や来年度の税制改正大綱の年内取りまとめを目指すとともに、16日の『政労使会議』で、経済界に来年の賃上げに向けた要請を行う考えを明らかにしました。


この中で、安倍総理大臣は今回の衆議院選挙で、自民・公明両党が衆議院の3分の2を超える議席を確保したことについて、「身の引き締まる思いだ。責任の重さをかみしめなければならない。経済政策のかじ取りが今回の選挙において最大の論点、焦点になった。『アベノミクスをさらに前進せよ』という国民の声を頂いた」と述べました。


そのうえで、「経済対策を年内に取りまとめていきたい。そして、来年度の税制改正大綱も、異例だが、年内に取りまとめるよう指示し、来年の通常国会で、できるかぎり速やかに法案と予算を成立できるよう努力していきたい。野党の皆さんにも、国会運営と予算の成立に協力をいただきたい」と述べました。


さらに、安倍総理大臣は16日、政府と経済界、労働界の代表による『政労使会議』を開き、経済界に対して、来年の賃上げに向けた要請を行う考えを明らかにしました。


また、安倍総理大臣は近く発足させる第3次安倍内閣の布陣について、「女性の活躍や地方の創生といった課題もいまだ緒についたばかりだ。大詰めの予算編成や経済対策の取りまとめ、さらには来年の通常国会など、今後のスケジュールを考えたとき、あまり時間的な余裕はないと考えている。こうした観点を踏まえ、速やかに決定する」と述べました。


また、ことし7月に行った集団的自衛権の行使を容認する閣議決定について、「今回の選挙は閣議決定を踏まえた選挙でもあり、国民の支持を頂いた。約束したことを実行していくのは、政権として当然の使命であり、来年の通常国会で、しかるべきときに閣議決定に基づいた法案を提出し、成立を果たしていきたい」と述べました。


さらに、安倍総理大臣は、原発の再稼働について、「原発依存度を限りなく低減させていく方針に変わりはないが、われわれには、安定した低廉なエネルギーを供給していく責任がある。原子力規制委員会が安全性を確認した原発については、地元の理解を得つつ、再稼働を進めていく考えだ」と述べました。


 一方、沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設問題に関連して、「沖縄での選挙結果は大変残念で、結果は、真摯(しんし)に受け止めたい。大切なことは、普天間基地の固定化は断固としてあってはならないということであり、沖縄の皆さんと認識を共有していると思う。私たちは、名護市辺野古への移設が唯一の解決策だという考えに変化はない」と述べました。


そして、安倍総理大臣は、憲法改正について、「憲法改正は自民党結党以来の一貫した主張だが、国会で3分の2の議員を確保しなければならないのと同時に、最も重要なこととして、国民投票で過半数の国民の支持を得なければならない。国民的な理解と支持を深め、広げていくために、自民党総裁として努力していきたい」と述べました。


さらに、安倍総理大臣は、来年の自民党総裁選挙への対応について、「わが党には、うんかのごとく将来の総裁候補がたくさんいる。来年の総裁選挙に向けては、多くの支持を得られるように努力したい」と述べました。(NHK)


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