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(速報)大晦日の北京、中南海に激震   宮崎正広

■劉源(劉少奇の息子)が「裸退」を発表


劉源は習近平の「軍師」。そして人民解放軍のなかにあって腐敗撲滅を推進し、巨額の汚職に邁進し、各地に豪邸を建てて美女を十数人も愛人にするなど豪華な生活をおくっていた腐敗軍人の谷俊山を最初に血祭りに上げ、ついで江沢民系の軍トップだった徐才厚と郭伯雄を失脚させる原動力となった。


劉源は軍では「総後勤部政治委員」だが、凄まじいまでの綱紀粛正をすすめたため上海系軍人から恨まれ、宿泊したホテルが放火され、自動車事故(運転手は死亡)などの暗殺未遂に数回も遭遇したほどだった。


習近平には適宜適切な、数々の助言をなし、習がもっとも頼りにした「兄貴分」だった。
 

したがって近く発表される軍改革で、劉源は「軍事委員会中央紀律委員会」の書記となり、さらなる汚職撲滅を進め、軍の近代化の旗頭になるだろうとチャイナウォッチャーの多くが見ていた。


その劉源が潔く、次のポストも見返り条件もなく退役する(これを「裸退」という)というのだから、中南海の共産党高層部が慌てたのも無理はない。


12月31日、国防部スポークスマンは会見で、劉源の勇退を発表し、理由は「65才定年の規定によるもの」とした。


さて、これにより、軍改革は挫折するか、より迅速に進むか?


或いは、劉源の退任は上海派からあがっていた不満のガス抜きなのか、様々な憶測が乱れ飛んでいるが、なぜ大晦日という日を選んで、劉源「裸退」のニュースを流したかに、その謎が潜んでいるようである。


すなわち習近平が九月三日の軍事パレードで宣言したように「軍の近代化」「30万削減」という大目標は、従来の「七軍区」を四、ないし五の「戦区」に改変し、さらに総政治部、総参謀部、総装備部、総後勤部の「四総部体制」を撤廃し、西側の軍にあるように「統合幕僚本部」を設置して、全軍一致、命令系統の統一、地方軍閥の希釈化をはかる壮大な「軍再編」がやりやすくなったのではないか。


げんに現在「中央軍事委員会」の呉勝利は70才、馬暁天は66才であり、劉源の65才定年退役の例に倣えば、退役せざるを得なくなるだろう。


軍事委員会には胡錦涛が指名した軍人が大半を占めるとはいえ、「太子党」の張又峡、張陽らがおり、副主任の許基亮より政治勢力としては大きい。


おりしも劉源退任発表の前日(12月30日)、軍隊内で「反日派」の頭目とされる劉亜州(国防大学政治委員。陸軍大将)が内部資料に論文を書いて「この軍改革は『革命』であり、譚嗣同の精神を継承してやり遂げなければならない」と主張していることがわかった。


かれのいう「譚嗣同精神」とは洋務派が流血なく改革をやり遂げようとした方法論を指すものと解釈され、「この軍改革をやり遂げなければ軍は死ぬ」としている点に特徴がある(「軍改之一場革命」)


この劉亜州もまた『太子党』で岳父は李先念(元国家主席)。父親は蘭州軍区後勤部副政治委員だった劉建徳。武侠小説をかく変わり者でもある。


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