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“古賀切り”でポスト安倍の最右翼に立った岸田外相   古沢襄

■「政治をリアルに考える」を信条に宏池会をどう導くのか…


第3次安倍改造内閣で留任した岸田文雄外相の存在感が高まっている。9月の自民党総裁選では、野田聖子前総務会長の出馬を画策した宏池会(岸田派)の古賀誠名誉会長の意向とは別に安倍晋三首相(党総裁)の無投票再選に向けて奔走。


派閥領袖として、安倍首相との連携を強固にした。これまで、良くも悪くも無難な印象が強く、政局でも目立つことがなかった岸田氏だが、総裁選を通じて一皮むけ、「ポスト安倍」に踏み出した形だ。


山梨県富士吉田市で10月5日に開かれた岸田派研修会。岸田氏は「研修会にあたり宏池会について申し上げたい。私たち自身が宏池会をどう思っているのか今一度、考えてみる必要があるのではないか」と切り出し、自身の考えを述べ始めた。


岸田氏は“保守本流”と称される宏池会を自民党ハト派の「絶滅危惧種」と評した朝日新聞の9月27日付朝刊の中で、岸田氏が宏池会の基本理念を「軽武装・経済重視」と説明したとする記述を「間違いだ」と明言し、こう続けた。


「軽武装と経済重視といった政策を宏池会は大切にしてきたが、それは本質ではない。本質は、特定のイデオロギーにとらわれることなく、その時代時代において国民が何を求めているか、日本にとって何が大事であるか、極めて政治をリアルに考え、具体的に政策を打ち出す姿勢だ」


さらに安全保障関連法について「今の体制のまま、この厳しい環境の中で本当に国民の命や暮らしを守りきれるのかどうかを真剣に議論した」と必要性を強調した。めったに自らの考えを披露しない岸田氏としては異例のあいさつだった。


伏線はあった。総裁選は安倍首相の無投票再選で終わったが、そこに至るまでに安倍、岸田両氏がタッグを組んだ水面下の激しい攻防があったのだ。



有力候補の一人とみられていた石破茂地方創生相が不出馬を決める中、野田氏は自らの立候補に必要な推薦人20人の確保に向け、ぎりぎりまで奔走した。その野田氏の出馬を待望していたのが、非議員でありながら現在も永田町に一定の影響力を持つ古賀氏だった。


古賀氏は8月10日発売の月刊誌「文藝春秋」で総裁選を行う必要性を訴えた。念頭にあったのは、派閥を禅譲した岸田氏だった。だが、安倍首相の再登板以来、政権の看板である積極的平和主義に基づく地球儀外交を支えてきた岸田氏には、もとより出馬の意向はなかった。


そこで古賀氏が白羽の矢を立てたのが、現役時代から目をかけてきた野田氏だった。


その古賀氏と岸田派若手議員による会合が9月2日夜、都内で開かれた。


総裁選告示(9月8日)直前の時期だったこともあり、永田町では「古賀氏が野田氏の総裁選出馬のため協力を要請するのではないか」とささやかれていた。


ただ、岸田氏は会合に参加した若手から「何もありませんでした」と報告を受けると、これで“岸田派の反乱”もなく安倍首相が無投票で再選されると胸をなで下ろした。


総裁選に突入した場合、安保関連法案の今国会成立が危うくなっていたのは間違いない。複数の候補者が出た場合の総裁選の開票日は9月20日。安保関連法案の大詰めの審議が停滞するのは必至で、答弁者として連日のように国会に出席していた岸田氏にとっても避けたい事態だった。何よりも足下で反乱が起きれば、自身の求心力も失うことになる。


安倍首相はこの頃、総裁選を楽観視していた節がある。9月4日に日帰りで大阪に出向き、民放番組に出演する予定を組むほどの余裕だった。


ところが同日、事態は風雲急を告げた。「野田氏が推薦人20人をほぼ確保したらしい」との情報が一気に永田町を駆けめぐったのだ。



岸田氏の顔色が変わった。ただちに派閥幹部を招集し、野田氏の推薦人になりそうなメンバーを個別に説得する。週末となった5、6両日を含め、幹部と手分けをして「いま自民党は結束することが大事だ。総裁選にしてはならない。安保法制を通すためにもだ」との電話攻勢をかけた。


総裁選告示前日の7日には、昼間に臨時の派閥例会を開くと、夜は再び都内の料理店に全議員を対象にした会合を開催した。多数のマスコミが集まる中、議員1人1人が店に入るところをあえて見せた。こうした成果もあって、一時は1桁台後半とみられていた「野田氏側」の議員は次々と翻意し、夜の会合に顔を見せなかったのは、古賀氏の元秘書の議員ら数人にとどまった。


岸田氏と安倍首相は平成5年の衆院選初当選の同期だ。清和会(現細田派)、宏池会と所属派閥こそ違うが、塩崎恭久、根本匠両氏らとともに社会保障の勉強会を開くなど、交流は長い。安倍、岸田、塩崎、根本各氏らは若手時代、「7人の侍」と自称し、共通のポスターを作成したこともある。


だが、安倍、岸田両氏は盟友と呼ぶほどの関係にはなかった。それでもタカ派のイメージが強い首相は、ハト派の流れを組む岸田氏の堅実な能力を信頼し、あえて外相に抜擢した。ただ、政局や党内情勢に関しては突っ込んだやり取りをしたことはなく、今回の総裁選でも直接連絡を取ることはなかった。


総裁選をめぐる攻防に決着がついた7日、岸田氏の携帯電話が鳴った。相手は安倍首相その人だった。


「ありがとう」


双方が信頼できる相手と再確認した瞬間だった。



目立つ行動には痛みも伴う。安倍首相の無投票再選が決まった9月8日、岸田派若手の木原誠二衆院議員が退会届を提出したのだ。


関係者によると、木原氏は総裁選で岸田氏の意向に従う考えだったが、岸田氏周辺から「野田氏の推薦人になるのではないか」と疑われ、嫌気がさしたという。


岸田氏は9月10日の派閥例会で「大変長い1週間だった。いろいろなことがあった」と切り出し、こう続けた。


「宏池会として一致結束して総裁選に臨む方針を示したが、結果として多くの同志の先生方が苦しみ、悩んだことについては、会長として力不足であったとおわびを申し上げなければならない」


岸田氏は総裁選後、古賀氏のもとも訪ねた。「包容力のあるお言葉をいただいた」と語る岸田氏だが、古賀氏に近い岸田派議員は「古賀氏が許しているとは思えない」と話す。
 

3年後の総裁選に向け、石破氏はさっそく自らの派閥「水月会」を立ち上げ、出馬への意欲を隠さない。野田氏の“再挑戦”も想定され、激戦となる見通しだ。


「ポスト安倍」が視野に入った岸田氏は今後、やはりハト派の頭目として古賀氏との修復を図るのか、それとも総裁選を通じて連携を深めた安倍首相との関係をさらに強固にするのか。派閥研修会でのあいさつは実に示唆に富んだ内容だった。

 
■【第3次安倍改造内閣・岸田文雄外相の横顔】


第2次安倍晋三内閣から外相を務め、安全保障関連法制の法案審議では安定した答弁で評価を高めた。自民党のハト派とされる宏池会(岸田派)を率いて将来の首相候補と目されるが、最近は一部で「イケメン閣僚」との評価も得ている。党内随一の酒豪としても知られる。スリムな体型だが「実は細マッチョ」との噂も。政治姿勢はマッチョにほど遠く、極めて穏健派。リーダーシップが課題か。(産経政治部 酒井充)

 
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