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敗戦の悲劇はまだ生きている   古澤襄
1946年5月3日、古澤元はソ連ブリヤートモンゴル共和国ウランデー病院で果てた。その命日に当たるので長女と二人で仏壇の前で鎮魂の祈りを捧げた。

シベリアには二度、墓参の旅をしている。

シベリアに祈る


父の戦病死は悲しい知らせだったが、二度の墓参の旅で祖国に帰ることなくシベリアの大地に骨を埋めた六万四〇〇〇人の日本兵の無念さを思うと断腸の思いに包まれる。

シベリアのパリとロシア人は自慢するが、このイルクーツクに抑留された日本人は18の収容所で一万八〇二九人。強制労働にかり出され、1511人が敗戦の最初の冬に命を落としている。イルクーツクはソ連全土のなかで屈指の寒冷地で、厳寒の冬季には零下30度から40度にまで下がる。関東軍の兵士たちは夏の軽装の軍服のままシベリアに連行され強制労働に課せられたから、いうなら虐殺行為といっていい。

大部分の日本人墓地は、遺骨の所在も分からないまま原野と化し、山林や農地になったところも少なくない。墓地数も埋葬人数も不確定のままである。帰還した抑留者も高齢となり物故者も増えている。敗戦の悲劇はまだ生きている。

杜父魚文庫
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コメント
1945年8月15日以降、ソ連が日本国と日本人民にとった行為は、国際法規に違反してると、思います。この問題を、国連で結末をつけるのは、日本政府がしっかりと世界に、提起することから始めるべきだと、思うのですが。
| 大橋 圭介 | 2014/05/03 5:00 PM |
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