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「現代の親子たちの修羅」   古沢襄
篠田節子さんの「長女たち(新潮社刊)」は読みたい本。だが入院中のかごの鳥だから本屋に行って求めることも出来ない。

読売新聞の文化欄で平松洋子さんが書評を書いている。「現代の親子たちの修羅」という表題をつけている。

<逃げようがない。長女だから。見捨てられない。親だから。あげく、家庭は逃げ場のない修羅となる。>

「お嬢さんが二人で良かったですね」と近所の人からよく言われる。何だかんだと理屈をつけてよく里帰りしてくる。男の子だったら奥方の尻に敷かれて里帰りなどはしてこないだろう。行くととしたら奥方の里の方・・。

妻が認知症になってから二人の娘の里帰りが頻繁になった。私が入院することになって一週間に三日、訪問看護師が来てくれる。介護一級の認定を受けたので訪問看護師も週に一回は来てくれる。だが娘たちにしてみればママの認知症は他人事ではない。だから頻繁な里帰りになる。

パパの入院でも長女が付き添いで来てくれた。翌日には次女が「洗濯物がないの・・」とやってきた。「一日や二日で洗濯物が出る筈がない」とオヤジはぼやきながらも、やはり娘たちの世話焼きが嬉しい。

とは言うものの娘たちには自分の家庭がある。次女に至っては小さいながらも会社の代表。いつまでも娘たちに甘えているわけにはいかないと思っていた矢先に篠田節子さんの著書を知った。

家庭の修羅は骨髄腫の私と認知症の妻の間ですでに始まっている。娘たちもそれを察知している様だ。これは夫婦間の問題だから娘たちには及ぼしたくない。退院するまでに賢い修羅の解決法を探し出すつもりでいる。

杜父魚文庫
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