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「勝ち負けのない妥協案は何か」   古澤襄
北方領土問題について森元首相は札幌で「いつまでも金科玉条のように4島全島返還から一歩も下がるなと言っていると、政府が動きにくい」と踏み込んだ発言をした。ロシアのプーチン大統領と親交がある森氏だが、安倍首相の時代に解決して日露平和条約を締結しようという意欲の顕れといえる。

<「読売ビジネス・フォーラム2013」の第4回講演会は13日、札幌市のホテルで開かれ、森元首相が約230人を前に講演した。

森氏は北方領土問題について「いつまでも金科玉条のように4島全島返還から一歩も下がるなと言っていると、政府が動きにくい」と述べた。

森氏は首相時代の2001年にロシアのプーチン大統領と会談し、歯舞群島と色丹島の返還と、国後、択捉両島の帰属の確認を分離して協議する「並行協議」を提案した。講演ではこの点にも改めて触れた。

両国の経済協力については、「ロシア側が求めていることを日本が行えば、日本にとって国益となる」と、協力の重要性を指摘した。(読売)>

森氏は首相時代の2001年にシベリアのイルクーツクでプーチン大統領と会談し両首脳による「イルクーツク声明」をまとめた。日ロ双方が、この問題で一番近づいた共同宣言といわれた。

それを、もう一度ふりかえってみる。

ロシア側は北方四島については1956年の「日ソ共同宣言」で明らかにされたハボマイ、シコタン両島の返還から一歩も出ない。日本側は「四島一括返還」を唱えて、57年間も交渉は暗唱に乗り上げたままである。

イルクーツク会談で両首脳は1956年の「日ソ共同宣言」を再確認して、双方が妥協できる解決策を模索した。森氏はハボマイ、シコタンの二島返還を先行させ、クナシリ、エトロフは継続交渉とする腹だったが、プーチンはハボマイ、シコタンの二島返還で北方領土返還交渉を終結させたいとしていた。

しかし話し合いの過程で両首脳の間で妥協の動きがあったのは確かで、内容は明らかにされなかったが、「イルクーツク声明」は微妙な言い回しになっている。

その後、小泉首相になったが日本国内にある四島一括返還論を意識してか日ロ交渉は停滞している。さらに民主党政権になってから、火中の栗は拾わない姿勢に後退し、一方、ロシア側もメドベージェフ大統領が北方四島のロシア化・軍事力強化に態度を硬化している。

動きが出たのは、メドベージェフ大統領から再度、プーチン大統領になってからである。プーチン大統領は「両国の間に平和条約がないのは異常だ」と述べ、て日本語の「引き分け」という表現を使って「日ロが勝ち負けのない解決」を示唆した。

森氏も「もし四島一括返還が文字どおり実現したら、日本の勝ち、ロシアの負け。逆に、現状維持が決定したら、ロシアの勝ち、日本の負けになる。どちらも恨みが残り、平和的な解決にならない」とモスクワ大学の講演で述べた。

「勝ち負けのない妥協案は何か」ということになるが、これは安倍首相とプーチン大統領のトップ・レベルで、国内の反対論を抑え込み解決するしかない。背景には日ロ双方とも経済協力が迫られているからである。

ロシア側は戦略的には投資誘致や天然資源の輸出先として日本市場を重視している事情がある。日本側も尖閣問題でささくれだった日中関係があるからロシア・カードを使う意識が芽生えている。

杜父魚文庫
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