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支那の本質と対処の基本方針  西村眞悟
習近平の天下になってから、支那経済の減速が指摘されるようになり、数日前にGDPの成長率の鈍化が発表されて以来、専門家のコメントがそこに集まっている。

経済の専門家には理論的でスマートな、いろいろな意見があるのは分かるが、相手は支那なのであるから、どろどろした動物生態学の観点から、この巨大で貪欲なイナゴの群れを観ておく必要性も、今こそあらためて強調されねばならないと思う。

何故なら、支那は、露骨な内部的自壊段階とそれに連動した対外攻撃段階に入ったと思われるからである。内部的自壊段階に入ったとき、支那人は最も欲望丸出しの守銭奴となり、対外的に攻撃的となる。

清朝末期、中華民国末期を観られよ。清朝末期は、自壊しながら世界最大の戦艦である「定遠」と「鎮遠」を持っていた。

中華民国末期も、蒋介石はドイツ軍事顧問団によって育てられた日本軍の装備を遙かに凌ぐ高性能の強力な武器を持った数十万人の精鋭部隊を持っていた。これは当時の世界で最強の陸軍部隊ではなかったか。

今、中華人民共和国末期である。人民解放軍は如何なる武器を持っているか。言うまでもなかろう。

そもそも近現代史において、この支那という群れの実態を知ろうとしなかったから、我が国は支那に対する国策を誤った。

その最たる痛恨の事例は、昭和二年の北伐軍の南京城侵入と外国人に対する組織的な攻撃、略奪暴行(コミンテルンの指令による本当の南京事件)に対する我が国の幣原協調外交である。

我が国はあの時、福沢諭吉が脱亜論で述べた通り、米英と協調行動をとって北伐軍による南京の日本人を含む外国人攻撃という事態に対処しておればよかったのだ。

しかし、幣原外務大臣は、支那に対し同じアジア人だから「理解と同情」を以て接するとし、米英と協調して邦人を守るために北伐軍を攻撃せず「無抵抗」を貫いた。

以後、彼ら支那人は、攻撃目標たる外国人を、断固として反撃してくる米英に据えるのではなく、抵抗しない日本に絞ったのである。彼らは、抵抗しない者を最高の攻撃目標と判断、ためらうことなく無抵抗の者を攻撃する種族である。

従って、この支那に対して、商社のサラリーマン社長を大使にして送り込むとか、経団連のボスの意見を聴くとか、自民党の元幹事長(複数)をこそこそ訪問させていること自体が、適切な国策を決定できないことの証左である。

さて、支那の対外的攻撃性に対する対処方針については、戦前の特に幣原協調外交の失敗という教訓を生かすことが死活的に重要である。

即ち、アジアと欧米の自由主義国群との協調による断固とした反撃の覚悟である。断じて採用してはならないのは「無抵抗主義」だ。
 
この現在的「無抵抗主義」とは、つまり、世界からルーピーと言われた鳩山由紀夫の支那との「東アジア共同体妄想」である。

この意味で、現在、日本国民が昨年中に民主党政権の亡国性に気付き、昨年末に安倍内閣を誕生せしめたことは、まことに国家にとって重要なことであった。

安倍内閣には、この国家と国民からの負託に応じて、頼りないと思われたオバマ大統領でも支那の攻撃性に対処するために「アジア回帰宣言」をしたのだから、断固としてアメリカとの協調体制を強化し「公海の航行の自由と国土と国民を守るための無制限の自衛権行使を宣言」をしてほしい。

この「宣言」の精神的基盤(スピリット)は、総理の靖国神社参拝であること、言うまでもなかろう。

次に、支那とは何か、ということであるが、これに対して、日本人が如何に適切に観察していたかを書いておきたい。そうすれば、現在の支那内部で起こっている汚職や公金横領は、支那自壊段階に表面化する宿痾であることが分かる。
 
現在、習近平主席は、共産党幹部の汚職退治に乗り出し、汚職官僚六十六万八千人の摘発を進めていると公表して人民の喝采を得ようとしている。

その為、彼は、幹部も下級も摘発するという意味で、「虎も蝿も一緒に叩く」、と言っている。なるほど、重慶市のボスだった蝦蟇のような顔をした雷政富書記の肉欲と物欲はすさまじい。

しかし、歴代主席も今の習近平も、この蝦蟇と同じことをやっとる。これをやらない支那など、あろうか。宿痾とはこういうことだ。

なお、以前、前の恩家宝首相が、我が国の衆議院本会議場に来て演説をぶったとき、次に書く内田良平の「巷の守銭奴と何ら変わらない」という表現を思い出して笑った。その時、恩家宝に拍手を送らなかったのは、麻生外務大臣と私くらいだった。

拍手を送らなくてよかった。その後、恩家宝一族は数千億の蓄財をしているとすっぱ抜かれたからである。

さて、最後に、先人の鋭い、かつ、今も通用する二つの支那観察文を紹介する(口語文)。いや、以下の支那報告は、現在の支那を報告したものである。支那は変わらないからだ。

1、情報将校福島安正中尉(後の陸軍大将、英仏独露支の五カ国の言語を自由に操り、会話だけならさらに数カ国語を操った)明治十二年、五ヶ月間支那人になりすまして支那各地を偵察した報告(岡田幹彦著「日本を護った軍人の物語」祥伝社)。

「清国の一大弱点は公然たる賄賂の流行であり、これが百悪の根源をなしている。しかし、清国人はそれを少しも反省していない。

上は皇帝、大臣より、下は一兵卒まで官品の横領、横流しを平然と行い、賄賂をやらない者は一人もいない。これは清国のみならず古来より一貫して変わらない歴代支那の不治の病である。このような国は、日本が共に手を取ってゆける相手ではあり得ない・・・。」

2、内田良平 内田は、大正元年「支那観」を著して支那の実態を明らかにし、我が国が国策を誤らないために、支那の本質に沿った適切な対処をするように促した(宮崎正弘編集「内田良平の『支那観』を読む」展転社)。

「・・・彼ら読書人(支配階級)は、賄賂を使って科挙試験に合格するや、今度は逆にせっせと賄賂を貯めて資産を作り、自分より優れた者には嫉妬してこれを排斥し、権勢を求めて私服を肥やす。

それでいて国家の存亡とか国民の安否などには微塵も心が動かないのである。今や、こういう悪しき科挙の制度そのものは廃止されたとはいえ、それは表面的な形式の変化に過ぎない。

現実は、相変わらず金銭万能が支那の国民性の持病となっているのだ。堂々たる政治家を自任する者にして、美辞麗句とは裏腹に振る舞いは汚れ、彼らの心事が巷の守銭奴と何ら変わらないのは昔のままである。」

杜父魚文庫
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