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尊大な習近平 「日本など取るに足りない存在」  古澤襄
<<危うきかな「華夷秩序」への備え 拓殖大学総長・渡辺利夫>>

<6月7、8の2日間にわたり米中首脳会談が開かれた。この会談で習近平・中国国家主席は、「太平洋には米中両大国を受け容(い)れるに十分な広さの空間がある」と述べ、「新型の大国関係」を米中で構築しようと提案した。

《尊大な国際秩序観念の伝統》

振り返れば、2007年5月に訪中したキーティング米太平洋軍司令官(当時)が、中国海軍幹部から、「ハワイを基点として米中が太平洋を分割統治することに両国間で合意ができないか」と提案され、面食らわされるという場面があった。08年3月の上院軍事委員会公聴会での同氏の証言によって明らかにされた事実だが、この証言の模様はユーチューブで今でも公開されている。

習氏は、国家主席としての初訪米で、オバマ大統領を前に、中国には米国と同格の覇権力があることを堂々と顕示してみせたのである。「日本などという存在は取るに足りない。米中で都合のいいように太平洋の秩序を仕切っていこうではないか」というのが、その言外の意味にちがいない。

 会談では尖閣問題の議論に長時間が費やされた。オバマ氏は「日本が米国の同盟国であることを中国は認識せよ、中国は東シナ海での軍事的冒険を自重すべし」と主張した。これに対して、習氏が、「国家主権と領土の統一を断固として守る」というのが中国の不変の原則であると主張して譲ることはなかった。中国の太平洋進出への戦略的意思に揺らぎがないことを米大統領の頭に「刻印」させることが今回の会談に寄せる中国側の最大の意図だったのだが、この意図は成功したのであろう。

習氏の発言は、いかにも尊大である。しかし、中国の国際秩序観念は元来が尊大であり、国内異民族や周辺諸国がこの観念によっていかに苦しめられてきたか、今またこの尊大な観念が周辺海域で現実化しようとしていることに、われわれは強い警戒の念を抱かねばならない。

《中国の「理」怜悧に見据えよ》

新たに登場した習氏が繁(しげ)く用いるキーワードが「中華民族の偉大なる復興」だ。欧米の産業革命以前に出現し世界を圧倒した王朝、大清帝国への回帰願望の表出である。中華の礼式に服させ、見返りに王位を与えてその王に領土と領民の統治を委ねるという、中国の王朝に伝統的な国際秩序観念が冊封(さくほう)体制である。中華を中心として同心円的に広がり周縁に位置する人種や民族ほど、文明が低いとみなす価値観念が華夷秩序である。

王朝はいくたびか変転したものの、古来、連綿として継承されてきた冊封・華夷秩序観念が消失することはなかろう。経済力と軍事力の強化を背景に、現在、この観念は一段と強化されつつあるとみなければならない。

海洋政策研究財団の秋元一峰氏の研究によれば、中華民国政府が東沙・西沙・中沙・南沙諸島を囲い込んで東南アジア海域のすべてを自国領とした「南海島嶼(とうしょ)地図」を発表したのが1948年であり、この地図は中華人民共和国に引き継がれたという。92年2月制定の「領海法」(中華人民共和国領海及び隣接区域法)という国内法の原図がこれである。領海法なる国内法に、国際法上の意味は一切ない。

尖閣領有権に関する中国の主張は明らかに無理筋である。しかし、自らを中心とし、ここから放射される力の外縁までを勢力圏とみなす中国に固有な冊封・華夷秩序観念からすれば、そこには不思議なものは何もない。いかに尊大にみえようとも、中国には中国の「理」があると考えねばならない。中国の理を徹底的に怜悧(れいり)に見据えて守りの構えを固める以外にわれわれに生存の術はない。

《難ずべきは自らの不作為だ》

ヒトラーの恐喝に次々と屈していった往時の欧州の指導者に、チャーチルは次のようなコメントを残している。文中の彼とはヒトラーのことである。

「彼の対抗者たちは彼のこけおどし策に、あまりにも決断力を欠いていた。次いで1938年に彼がうごいたときには、もはや彼のこけおどし策は、おどしではなかった。侵略は力によって裏づけられたが、それは優勢な力といってもよいものであろう。英仏両国政府がこの恐るべき変化に気づいたときは、すでに遅すぎていたのである」=『第二次世界大戦(1)』河出文庫


中国が尊大な太平洋戦略を擁していることについては、米国も知悉(ちしつ)している。にもかかわらず、中国が尖閣を制圧するならばただちにここに自軍を派するとまで米国をしていわしめないのは、要するに日本側に尖閣を断固として自衛するという意識が希薄であり、それゆえ自衛のための武装的、制度的ならびに法的な条件を急ぎ整えようという日本の気概が米国にみえないからである。米中を難じてすむ話ではまったくない。難じられるべきは、いよいよ冷厳なる国際政治の現実に直面しながらも、なすべきをなさない日本の政府と政治家の不作為なのである。難じるべき対象を見誤るなかれ。(わたなべ としお)

杜父魚文庫
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コメント
日本が、自立出来なかったのは、アメリカ憲法のお蔭であり、日本が自国を守る気概を奪ってきたのはアメリカのなせる業である。
日本人の気質を知らずに作った憲法が、今になってあだになっている。
日本人もバカと言うか描かれた円の中の鶏宜しく忠実に現憲法を守る馬鹿さ加減は、安倍氏によって崩れようとしている。
先が見えている以上クイックで物事を進める必要がある。
ど〜しても支那に負ける気がしない。
日本は、かつてはアメリカと覇を競った間柄である。
支那の様に棚ボタ国家ではない。
| katachi | 2013/07/11 2:55 PM |
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