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保阪さんの「安倍改憲」批判に異議 岩見隆夫
昭和史専門家の保阪正康さんが安倍晋三首相の憲法改正姿勢をこっぴどく批判した(六月八日付『毎日新聞』オピニオンページ)。改憲に本格的に手を染めるに当たって、安倍さん側に周到な理論武装があったか、不安がないわけではない。しかし、それはともかく、この時期、保阪さんのような改憲問題へのアプローチは間違っていると私は思う。

第一に、保阪さん自身の改憲問題の賛否がわからない。私は賛成である。特に9条(戦争の放棄)改正は緊急性があるという立場で、憲法問題を書くたびに断っている。保阪さんも別のところで賛否は書いたとおっしゃるかもしれないが、読者はこの論文だけで影響を受ける人が少なくない。多分、論文の内容、文脈から保阪さんは改憲反対の護憲派に違いないと想像しながら読むだろう。しかし、論文のどこにも賛否は書いていない。

このあいまいさはまずいと思う。いまは戦後はじめて憲法論議が高揚しかけている。三分の二か二分の一か、とハードル論がさかんになり、国民の側もどちら側に身を置くべきか、真剣に考えざるを得なくなった。

こういう国の将来、運命を左右するかもしれない時期、国民の判断に強い影響力を与える有識者が自身の賛否をあいまいにしたまま、意見だけたれ流すのは、かえって混乱を招く。賛否の〈先送り〉という便利な手かもしれない。実際にそうしている学者、評論家、言論人たちがかなりいる。先送りを批判しているのではない。ただ先送りの間は、憲法発言を手控えてもらった方が、国民的論議の集約に役立つ。

それが、有識者の節度ではなかろうか。言論封じだ、と反発が出そうだが、私ごときに封じる力があるはずがない。そう思わないなら、どうぞ旗色不鮮明な発言をどんどん放出したらよろしい。

さて、第二は保阪論文の中身である。〈安倍首相の「占領憲法」意識 平和求めた先達への侮辱〉という見出しになっている。安倍さんが四月の国会答弁で、

「占領軍が作った憲法だったことは間違いない」と割り切った言い回しで述べたことが保阪さんの怒りを買ったようだが、問題は〈先達〉だ。

当時、憲法制定に一身を賭した吉田茂、幣原喜重郎、それに昭和天皇の努力、熱意に、安倍さんは考えが及んでいない、と保阪さんは言う。〈及んでいない〉とは認識不足といった意味だろう。仮にそうだとしても、安倍さんの彼らに対する〈侮辱〉と言い切れるものだろうか。

なにしろ敗戦国が占領軍のもと、新憲法を作るのである。これに携わる運命となった政治指導者が七転八倒するのは当然であり、内幕は不透明だ

◇マッカーサーの政治性 時を超え、ぷんぷん臭う

当時の憲法草案作成をめぐる日程の強行ぶりは恐るべきものである。▽一九四六(昭和二十一)年二月三日、連合国軍総司令官マッカーサー元帥が総司令部(GHQ)民政局に憲法草案の作成を指示▽八日、日本政府憲法改正要綱(松本試案)をGHQに提出▽十日、GHQ案完成▽十三日、GHQ松本試案を拒否、GHQ草案を日本政府に手交▽二十二日、GHQ草案の受け入れを閣議決定??。

作成指示からわずか二十日間で閣議決定、マッカーサーの権力がいかに強力、絶対的なものであったか。呼称は〈占領憲法〉より、ひところ言われた〈マッカーサー憲法〉の方が似つかわしい。

ところで、保阪さんは、作成指示の十日前(一月二十四日)に行われた幣原首相とマッカーサーの会談に着目している。この席で、七十三歳の老首相は、

「今後の人類の唯一の解決策は戦争をなくすことだと信じます」と持論の理想を述べたという。

ここから先の見方が割れる。五一年、マッカーサーは罷免され帰国したあと、米上院の公聴会などで、「〈戦争の放棄〉(9条)は幣原の示唆による」と証言し、あちこちで幣原発意説を強調して回った。これを受け、保阪さんも、

〈マッカーサーが憲法草案に戦争放棄を入れるように命じたのは、幣原からの説得を受けたあとのことである。戦争放棄の発案は実は幣原だったという見方は日米双方に多い〉とマッカーサーに同調している。しかし、そうだろうか。幣原さんの秘書官を務めた岸倉松さんは、のちに、

「幣原はひとつの理想をマッカーサーに述べただけで、改正憲法に規定することまで考えていなかった」と説得説を否定した。また、長男の幣原道太郎さんは、

「マッカーサーに押し付けられて、自らを提案者と言わされた」と主張していたそうだ。いずれも幣原発意説の否定で、マッカーサーにうまくあしらわれた、と言いたいらしい。

真相はわからないが、漠然と見えてくるような気もする。米側にはもともと日本骨抜き構想があった。万能のマッカーサーはそれを実行に移すが、戦争放棄を日本に押し付けたという批判をかわすために、幣原発意説をことさらにPRした。私はこの見方に近い。

とにかく、マッカーサーのしたたかな政治性が時を超え臭ってくる。それにひきかえ幣原さんはなんと淡泊な。しかも、帝王と敗残の身、どのようなやりとり、心理ゲームが展開されたか、想像にかたくない。保阪さんは、

〈安倍首相の歴史観が、こうした先達の労に思いをはせていないことに愕然とする〉と言うが、肝心の〈先達の労〉がもやもやしているのだ。労を買いかぶるのも危うい。

〈戦争の放棄〉条項は、幣原さんの理想主義に発して、日本主導のもと創設された、と保阪さんはみている。私は違うと思う。この結着は新事実でも発見されないかぎりつかない。

似たようなことは、歴史の検証のなかにいくらでもある。それが歴史の面白さでもあるのだ。むりにシロ・クロはっきりさせようとすると、おかしくなる。(サンデー毎日)

杜父魚文庫
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