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汪洋氏が副首相に選出 団派、相次ぐ巻き返し   古澤襄
政府・党・軍を一手に掌握した習近平体制がスタートした。”上海派”といわれる江沢民元主席のグループが、”団派”といわれる胡錦濤前主席の改革派を常務委員の構成で圧倒したと伝えられたが、改革派のホープと目される汪洋氏が副首相に抜擢され、全人代で採択された人事では団派メンバーの登用が目立っている。

大紀元はむしろ習近平体制で団派・共青団派の相次ぐ巻き返しが成功したと報じている。いうなら習近平体制は、”上海派”と”団派”の微妙なバランスの上に立っているといえよう。

<【大紀元日本3月16日】北京で開催中の全人代で16日、4つある副首相ポストの1つに汪洋氏が就いた。改革派のホープと目される汪氏は昨秋の党大会で、常務委入りを有力視されながらも実らなかった。

共青団派(団派)の代理人とも呼ばれる同氏の抜擢を含め、今回の全人代で採択された人事では団派メンバーが目立ち、党大会での劣勢を巻き返した形となった。

胡錦濤前主席の同郷でもある汪洋・広東省前党委書記は、4人の副首相の中で最年少で序列では3番目。香港紙・明報の報道によれば、汪氏は今後、国家発展改革委員会、国土資源部、住宅建設部、商務部などを主管し、李克強首相を経済面で補佐する。
前日の15日には、最高人民法院院長(最高裁長官)に周強・湖南省党委書記(52)が選出された。周氏は胡前主席と同じく共青団書記を務めた経験を持ち、団派の実力者の一人。

周氏もまた、党大会で政治局入りを逃し、中央委員にとどまった。今回の最高人民法院院長のポストについても、中央政法委の周本順・秘書長が本命視され、周本順氏と最高人民法院の瀋徳咏・副院長との争いになるのではと明報は見ていた。

両氏を抑えての周強氏の登用は、薄熙来裁判で薄氏に有利な判決がくだされ、政治闘争の火種が残ることへの警戒感が、胡錦濤・習近平サイドにあったからだとみられる。

団派有力者の李源潮氏の国家副主席への就任も、団派巻き返しの様子を鮮明にした。李氏は、党大会で常務委入りを逃したものの、国家副主席という重要なポスト争いで、江沢民氏ら保守派の劉雲山・常務委員を封じ込んで当選した。

胡前主席の右腕とも呼ばれた令計劃氏の政治協商会議副主席への就任も団派の反撃人事の一つ。令氏はフェラーリに乗った息子が交通事故で死亡した件で昨年9月、中央弁公庁主任(官房長官に相当)から統一戦線部長に降格。

その後の党大会では政治局入りを果たせなかった。薄熙来事件で陣頭指揮を取った令氏は、江沢民派に目の敵にされていた。息子の事故も多くの不審点から政敵による暗殺説も浮かび上がっている。

全人代副委員長に選出された瀋躍躍氏も団派出身。ダークホースとされる瀋氏は、党の人事を担当する中央組織部の副部長に2002年から務め、胡前主席の「人事番頭」とも呼ばれていた。

昨秋党大会前から、胡・習サイドでは軍部人事を布陣し、軍の指導権を手中にした。党大会では、常務委員の多数席を江沢民派に取られたものの、25人の政治局委員の中で胡・習サイドから15人が選出された。

その後、地方トップの人事をめぐっても、異動のあった11の省(区・直轄市)のうち、胡・習サイドは7つを占めた。さらに今回の全人代人事で、江沢民派閥の勢力がいっそうそぎ取られる構図となった。(大紀元)>

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