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現行憲法は占領政策の道具 古森義久
日本の憲法の起源について鋭利な研究を重ねた江藤淳氏のかつての論文が今朝の産経新聞に復刻版として載っていました。古い論文だとはいえ、その憲法についての問題提起は新鮮な今日性にあふれています。

<【昭和正論座】東京工業大学教授・江藤淳 昭和57年8月10日掲載>

■循環する時間と戦後の問題

◆意識と現実に大きなズレ

三十七回目の終戦記念日が近づこうとしている昨今、殊更、身に沁(し)みて感じられるのは、時がどうやら直進することを止めて大きく循環しはじめたらしい、という気配である。

過去三十数年間、ときに歩みを緩めることはあっても、おおむね滔々(とうとう)と流れて、日本に経済復興と、さらには目覚ましい高度成長をもたらしたかに 見えた戦後の時間が、いつの間にか眼に見えぬ巨大な壁に遮られて循環しはじめ、逆落としに渦巻きはじめている、という気配が感じられる。

今日の日本の問題は、人々が実際にはこの循環する時間に翻弄されながら、意識の上では依然として直進する時間の内側に安住しているという、一種、奇妙な自己認識のズレのなかに潜んでいるように思われてならない。

時は今でも未来に向かって流れている、ただその流れの速度が低下しただけだ、と思ってあたりを見渡せば、見馴(みな)れた風景ばかりが浮かんで来る。日本 は、明治維新から日露戦争までの三十数年間で軍事大国になったが、全く同様に第二次大戦後三十数年のうちに“経済大国”になった。往時茫々、敗戦は遠い昔の話で、講和と独立回復すら三十年の過去の彼方(かなた)に霞(かす)んでいる。

この間に憲法九条は定着し、象徴天皇制も定着し、日米安保体制も定着した。もしも日本の戦後に問題があるとすれば、それは成功しすぎたことだけだ。成功しすぎたからこそ風当たりも強くなり、傲慢呼ばわりをされたりもする。ここしばらくは首をすくめて外圧をやり過ごし、せいぜい“謙虚”に振る舞って見せるにしくはないということになる。

しか し、一方、渦巻きつつ循環する時に身を委ねて眩(まぶ)しさに堪えながら周囲を凝視すれば、その視界に映じるのは全く異質な一つの風景である。それは、若 い人々にとってこそ目新しい風景だが、四十五歳以上の人々にとってはかつて一度は見たことのある風景−そのまま忘れてしまって、思い出そうともしなかった 風景である。

つまりそれは、敗戦直後のそれと、ほとんど瓜二つの風景である。この風景のなかに位置させられた日本は、占領下の日本と本質的にはあまり変わりのない日本である。

◆米の庇護下で経済も膨張

よくみれば、それは実は“経済大国”にすら一度もなったことがなく、単に占領政策の変更で、国際経済の自律的一単位として活動を許された結果、膨張と発展を続け、あたかも“経済大国”であるかのような外貌を呈するにいたった米国の特殊な“同盟国”であるにすぎない。

そして、この経済的成功が、米国の軍事的・政治的庇護(ひご)を大前提として、はじめて達成できたものであることはいうまでもない。

同じように、この風景のなかでは、「定着」したものなどはなにひとつない。すべてが暫定的であり、過去三十数年間、宿題になっているものばかりである。

たとえば、現行一九四六年憲法は、当初、占領政策遂行のための道具がそのまま置き忘れられているというにすぎず、憲法九条は、占領下という特殊な状況のなかで、日本防衛の根本問題を当面棚上げにした帰結が、今日に及んでいるというにすぎない。

また最近の新聞報道によれば、自民党の憲法調査会第一分科会は、「象徴天皇は国民の間に定着しており、改正の必要はない」という理由で、象徴天皇制を維持することに決定し、改正論を少数意見として付記するにとどめるという。

見馴れた風景のなかでは“良識論”と評価されるにちがいないこの決定も、もう一つの風景のなかにはめ込んで見れば、その浅慮と軽薄な便宜主義を、たちまちのうちに露呈せずにはいない。

なぜなら象徴天皇制定着論者は、他の「定着」論者と同じような錯覚に陥っているか、あるいは直視すべきものから敢えて眼をそむけているかの、どちらかだからである。

◆定着し得ない象徴天皇制

そもそも象徴天皇制が、その定義からして「定着」し得ぬものであることは、現行一九四六年憲法第一条の《天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く》という条項にてらしても、あまりにも自明だといわなければならない。

いったい「日本国民の総意」などという雲をつかむようなものに「基」づいている皇室制度が、どうして「国民の間に定着」することができるだろうか?

「総意」はつねに流動的なものであり、少なくとも理論的には、いつでも皇室制度に対して否定的な方向に傾き得るものだからである。

立憲君主国でもなければ共和国でもない、という現下の日本の不可思議な政体が、この曖昧さに「基」づくものであることはいうまでもない。それは法律的民主制と政治的民主制の初歩的な混同と、天皇を「支持しないが利用」しなければならないという、占領政策遂行上の必要から生じた暫定的便法であって、これまた 日本国民の大きな宿題として、棚上げされたきり、そのままになっているのである。

戦後の時間が渦巻きつつ循環しはじめた現在、戦後の問題は、このような基本構造を露(あら)わにしはじめた。日本の戦後は、明治との安易な類推を許容するような、なまやさしい時代ではあり得ないのである。(えとう じゅん)

【視点】日本が経済大国に酔いしれ、戦後の宿題である憲法改正を忘れてしまったことを憂えた江藤論文である。文芸評論家の江藤氏はこうした時代状況を「戦後の時間が眼に見えぬ巨大な壁に遮られて循環し、逆落としに渦巻きはじめた」と表現した。

その経済大国も、米国の「軍事的・政治的庇護」を大前提に達成で きたものだと指摘し、現行憲法を「置き忘れられた占領政策遂行の道具」と断じた。

象徴天皇制に対しても、流動的な「日本国民の総意」に基づく皇室制度は定着しないと異を唱えた。江藤氏らしい皮肉のきいた正論である。その年の11月、ようやく「憲法改正」を主張する中曽根康弘氏の内閣が発足したが、30年後の今も改憲は実現していない。

杜父魚文庫
| 古森義久 | 15:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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