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日本の大きな問題点 政治が風によって動かされる   加瀬英明
今年は世界的な異常気象のためか、東京でもしばしば突風に見舞われた。風のいたずらによって、わが家でも鉢植えが転がされたり、近所から玄関先に太い枝が飛んできた。

石原慎太郎氏が都知事を辞職して、総選挙へ向けて新党を立ちあげることを発表すると、マスコミが大騒ぎして、旋風をひきおこした。

日本の新聞や、テレビはことさら〃風〃を好んでいる。社員を養うために、せわしく日銭を稼がねばならないので、世論の隙をついては、“風神”をつくりだす。

石原氏がもっとも新しい風神となった。慎ちゃんはヨットマンだ。石原新党が帆をあげるが、日本の新しい船出に向けて、私も友人たちとともに強い追い風を起したいと思う。

日本のマスコミは、飽きっぽい。ついこのあいだまでは、橋下徹大阪市長が全国に風を起して、政界再編の目だと囃したてられた。

私は橋本氏が大阪府知事となって以来、教育正常化や、行政改革を果敢に断行して、いまの日本を立て直すのに必要な破壊力を存分に発揮してきたのを、評価してきた。
 
“維新の会”が国政に進出するのに当たって、国民倫理を前面に押し出し、教育正常化、領土を自力で守る防衛力整備、政党交付金の大幅な削減などを唱えたのに、共鳴した。

橋下氏は「日本人は自国の歴史を学び直すべきだ」と訴え、韓国が慰安婦を強制連行したというなら、「強制したという証拠を出せ」と反論したのにも、喝采した。

だが、橋本氏は軽いところが目立ち、まだ分からないところが多い。私は異常な“維新の会”のブームに、深い不安を覚えた。日本の民主政治に、周期的に「風」が吹いてきた。この30年ほどこのような「風」が、日本の民主主義の特徴となっている。

昭和64年の衆議院選挙で、日本社会党が土井たか子委員長のもとで、議席を倍以上に増した。マスコミが「マドンナ旋風」と呼んで囃し立てたが、土井氏が「山が動いた」といって、小躍りした。

小泉首相が平成13年に「自民党をぶっ壊す」といって、郵政改革を訴えた総選挙で、自民党が圧勝した。3年前に民主党が「政権交替」を叫んで、鳩山内閣が登場した時にも、マスコミは「風が吹いた」といって、盛んに喝采した。

なぜか、日本国民は内容がよく分からない新しいものに、憧れる性癖がある。3年前の総選挙では、みんなの党がそのコミック的な党名によって、高い人気を博した。

これらの「風」は、みな、一過性のものだ。平成13年に誕生した“小泉チュルドレン”は、その後の「風」によって、芥(あくた)のように散ってしまった。3年前にバッジをつけた“小沢チュルドレン”も、「風」とともに去ることとなろう。みんなの党も賞味期限が切れて、よろめいている。


橋下市長自身も、自分の「賞味期限は2年間だ」と語ったと、伝えられている。天下の公党が候補者を公募するのも、日本だけのものだ。日本に独特な奇観だ。

橋下市長が大阪維新の会をつくって、塾生を公募したところ、国会議員を含む3326人が応募したという。あの時点では、みんなの党の人気がまだ高かったが、もしみんなの党が、同じような塾を開設したとしたら、維新の会によってはねられた者が、殺到したにちがいなかった。

「風」が周期的に吹くのは、日本では民主主義が国民のあいだに、しっかりとした根を降ろしていないためである。

アメリカや、カナダや、ヨーロッパであれば、政党の日常活動がボランティアの学生、社会人から、高齢者まで厚い層によって支えられている。その支持者のなかから、ふさわしい候補者が選ばれる。

私は4年前まで松下政経塾の役員を長くつとめて、相談役として退任したが、現在、36人の卆塾生が国会議員をつとめている。そのほとんどが、民主党に所属している。なぜかといえば、自民党は世襲議員が多く、選挙区の空きがないからだ。

卆塾生のうち民主党議員が圧倒的に多いのは、政策や、綱領や、信念と関係がない。ただ胸にバッジをつけたい一心で、選挙区の空きが多い民主党に、雪崩れ込んだためである。

私は民主党の1年生議員のなかで、3つの党に応募して、バッジを射止めた者を知っている。日本では政冶が国民の日常生活から、浮き上っている。
 
本来、日本語で「風」といったら、思わしくない言葉だった。よい言葉といったら、「そよ風」ぐらいのものだろう。風の吹回(ふきまわ)し、風任(まか)せといえば、定見がないことだ。男や女が心変わりするのを、風吹きといった。

江戸時代には「かぜを負うた」というと、物怪(もののけ)に取り憑かれたことをいった。「あの人は風に当たった」といえば、人に災いする魔風のことだった。風は疫病神であり、「風の神払い」といって、仮面をかぶって太鼓を打ち鳴らして、軒々金品を貰い歩く辻乞食がいた。

地方では風の神に見立てた人形を作って、鉦や、太鼓ではやしたてて、厄除けを行った。いまでも農村へ行くと、風害を免れて豊作になるように祈願する、風神祭が行われている。

マスコミは、風の魔神だ。風袋をかついで、風害を撒き散らしている。いまでは、政界で「風」はよい言葉になっているが、「風」は政治を不安定なものにしている。

煽ることが、ジャーナリズムの生業(なりわい)であることは、戦前から変わらない。マスコミは何であれ、騒ぎを好む。劣情を刺激するポルノと変わらないが、そうすることによって、紙数が増え、視聴率があがる。


江戸時代には、流行神(はやりがみ)現象があった。ある祠(ほこら)を詣でると、大きな御利益があるという噂がひろまる。すると、群集がそこに殺到する。ところが、長続きしない。いつも、一過性のものだった。

しばらくすると、ちがう祠か、寺か、社を詣でると、福運がつくという風聞がひろまる。人々が、そこへ集まる。流行神は花が咲いてぱっと散るから、「時花神」とも呼ばれた。

お蔭参りは江戸時代におよそ60周期で起ったが、伊勢神宮に参詣すると大きな御利益があるという噂がひろまって、老いも若きも日常生活の規範を離れて、街路に飛び出し、奔流のように踊り浮かれて、伊勢へ向かった。

最後のお蔭参りは、幕末の慶応3年に起ったが、当時の日本の人口の1割に近かった200万人以上が、全国から伊勢を目指した。路々で周辺の家に土足であがり込み、饗応を強いるなど、狼藉を働いた。

平成に入っても、日本ではお蔭参りが続いている。反原発デモも、その類である。

日本は国政選挙のたびに、魔風にあおられて、ダッチロールする。国民が日常の政治に、かかわろうとしないから、政治が国民生活から浮き上ってしまう。

日本国民は日頃、ゲルマン民族のように規律を守って地道に生きると思うと、周期的にラテン民族のように浮かれて、空ら騒ぎする。

アングロサクソンや、ゲルマン民族であれば、新しいものに警戒心をいだく。かりに多少の欠陥があっても、多年使い慣れたもののほうが、安心できるものだ。ところが、日本国民は政治の場にまで、「女房と畳は新しいほうがよい」という感覚を持ち込む。

いまの日本では、「御皇室が危ない」から始まって、日本経済、外交、国防、教育、医療制度と、何ごとにでも「危ない」をつけることができる。「危ない」の氾濫だ。

この国を立直すためには、危なくない人々に国政を委ねるほかない。


杜父魚文庫
| 加瀬英明 | 02:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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