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書評「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」  宮崎正弘
真珠湾の半年も前からアメリカは日本空爆を準備していた。ルーズベルトの陰謀、次々と歴史的資料と証言がでてきた。

<<加瀬英明 & ヘンリー・S・ストークス共著『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社新書)>>

著者の二人、ともによく存じ上げているので、中身は読まなくても分かる筈だった。いつも正しい史観に立脚して、的確な歴史的分析と判断を展開されるから安心して聞くことが出来るが、こんどの本は従来の延長線上にあるとはいえ、異色である。

まずヘンリー・ストークス氏がかく言う。

「従兄はインドに展開していたイギリス軍部隊に所属していたが、昭和十六年なかばに、ビルマ(現ミャンマー)のラングーン飛行場に降り立って、我が目を疑った。

多数のアメリカ軍戦闘機と爆撃機が翼を連ねているのを、目の当たりにしたからだ。日本が真珠湾を攻撃する六ヶ月前のことだった。従兄は職業軍人だったから、その意味を即座に理解した。

それは、アメリカが日本に戦争を仕掛ける準備をしていること以外のなにものでもなかった」(本書166p)。

そうだ、あの戦争は日本を罠にはめてアメリカが仕掛けてきたものであり「狂人」(フーバー元大統領はFDRをこういった)の仕業である。

そしてフライングタイガーと命名されるアメリカ空軍は「志願兵」を偽装し、さらに「蒋介石の空軍」を偽装した。遠くビルマ、雲南戦線。そして長沙陥落後の湖南省西南部で、多くの日本兵が犠牲となったが、相手はシナ軍ではなくアメリカ空軍だった。

「シナ軍」とは名ばかりのアメリカの傭兵だったというのが真相である。
 
加瀬英明氏はこう言う。

「私は1957年(昭和32)年に、晩年のマッカーサー元帥をニューヨークのマンハッタンのウォールドルフ・アストリア・ホテルにあるペントハウスの邸宅に訪ねたことがあった。後にこのときのことを『文芸春秋』(1967年三月号)に寄稿したが、マッカーサー元帥は私に煙草をすすめ、震える手でマッチを擦って、火をつけてくれた。

マッカーサーは、かなり耄碌していた。それでも『日本は軍備を拡張して、自由アジアの一大軍事勢力として極東の安全に寄与しなければならない』と語調を強めた」(154p)。

加瀬さんは続ける。

「東京裁判は司法的にみせかけて、体裁をつくろったリンチだった」
「アメリカが日本に戦争を強いた大きな原因の一つが、人種差別だった」

敗戦の八月十五日は目の前、いまこの稿を書いているとき、テレビは長崎でヘイワの呪文を唱える人たちの集会を実況中継している。過ちは繰り返しません、と。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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