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分裂後遺症に悩む民主党   古沢襄
選挙が近いというのに、民主党は深刻な分裂後遺症に悩んでいる。全国300小選挙区のうち、いわゆる「空白区」は71選挙区もある。このうち39小選挙区が離党した小沢氏系。当然のことながら刺客を立てねばないのだが、候補者擁立のメドが立っていない。

候補者を立てれば民主党票が二分され、自民党に塩を送ることになりかねない。小沢一郎氏の岩手四区に刺客候補を擁立すれば、自民党の新人候補に当選のチャンスがあるから見送っている。

おまけに小沢新党からは、離党しない小沢グループの選挙区に”逆刺客”を立てると脅かされている。

小沢新党は小沢氏を含めて数人しか当選出来ないといわれながら、民主党は300小選挙区に候補者を擁立する見通しは限りなくゼロに近い。分裂後遺症に悩む民主党は、どこに行く。

<民主党が党分裂の後遺症に悩んでいる。次期衆院選に向け、離党者の選挙区に対抗馬を立てきれないでいるのだ。全国300選挙区のうち、いわゆる「空白区」は71選挙区。背景にあるのは、「党内融和」という幻想にいまなおこだわる党執行部の現状認識の甘さだ。

「3人とも違う政党です」

29日昼、仙台市内で開かれた政治資金パーティー。あいさつに立った民主党の鳩山由紀夫元首相は、こう言って会場の笑いを誘った。

パーティーを開いたのは昨年末に民主党を離党し、新党きづなに参加した斎藤恭紀(やすのり)衆院議員。そして、鳩山氏の後にマイクを握ったのは、新党「国民の生活が第一」を結成した小沢一郎代表。1年前には同じ民主党にいた3人だが、現在は別々の政党に所属しつつ、現政権批判でしっかりとタッグを組む。

鳩山氏の後を受けた小沢氏は、「破壊王」として知られたプロレスラー、故橋本真也さんのテーマ曲に乗って、さっそうと登場した。そして、「民主党は自民党と増税のための談合をした。何をか言わんやだ。遅くとも半年以内に衆院選だ」と述べ、次なる戦いへのボルテージを上げた。

小沢氏に限らず民主党を離党した議員のほとんどが今、激しい民主党批判を繰り広げている。このうち39人が衆院小選挙区に選挙地盤を有する。政権政党としては当然、次の選挙で「刺客」を立てて議席を奪還しなければならない。

高木義明選対委員長も13日の全国幹事長会議で「原則として空白区は埋める」との方針を示している。

しかし、現状は掛け声倒れに終わっている。斎藤氏の地盤である衆院宮城2区では、宮城県連が6月に今野東参院議員を擁立することを決めているが、執行部はいまだに今野氏の公認を内定していない。

どうして、党執行部はこんな“弱腰”の対応に終始するのか。もともと民主党は「反自民」を旗印に党勢拡大に努めてきた。小沢氏率いる旧自由党と合併したのも、その一環だった。そこには政策的な理念はない。こうした“寄せ集め体質”が、執行部の融和路線の根幹にある。

地方組織の多くも似たり寄ったりだ。高木氏は18日から、離党者が出た17都府県連を対象に聞き取りを実施したが、「自民党を利するだけだ」などと「刺客」擁立に慎重論が続出した。

5選挙区が空白区となった首相の「おひざ元」の千葉県連にいたっては、「大量の離党者を出した執行部が責任を持って候補を立てるべきだ」とげたを預けてしまった。

民主党への怨念を募らせる選挙巧者の小沢氏への恐怖心も、「刺客」擁立をためらわせる一因だ。

小沢氏とたもとを分かった政務三役の一人は、小沢氏側近からこう脅されたという。「刺客を放つからな」今の民主党に、この恫喝(どうかつ)にあらがうすべはない。(産経)>

<民主党が歴史的大勝で政権交代を果たした平成21年8月30日の衆院選の直後、小沢一郎代表代行(当時)はひそかに民主党の崩壊を“予言”していた。

投開票の翌朝、小沢氏は側近議員の携帯電話を鳴らし、「2週間は地元であいさつ回りをするようみんなに言ってくれ」と指令を出した。そして、側近議員に「圧勝してよかったですね」と持ち上げられると、うなるように語った。

「いや。これは勝ちすぎだ。あとになれば分かるだろう…」

その小沢氏が今月、集団離党騒動を引き起こした。小沢氏は「オレは排除されて追い込まれた」と反論したいだろうが、自ら巨大与党を壊した。「民主党が大勝で慢心したんだ。含蓄ある言葉だったな…」。側近議員は今、3年前の小沢氏の警鐘を振り返る。

47歳で自民党幹事長ポストに上り詰めた小沢氏は、「数の力」を知り尽くした政治家とされる。野党時代の民主党の代表に就くと、鳩山由紀夫、菅直人両元代表との「トロイカ」を中枢に据えながら参院民主党を執行部に取り込み、権力集中を図った。

そんな小沢氏は、民主党を「烏合(うごう)の衆」とみていたに違いない。19年に自民党との大連立政権を模索した際、民主党を「さまざまな面で力量不足」と評した。「党内には『小沢嫌い』がいっぱいいる。どうせみんな離れていく」と語っていたことも、後に自民党の森喜朗元首相に暴露されている。

小沢氏の見立ては政権交代後、的中する。反小沢系議員は22年5月、勉強会名目で100人以上の民主党議員を集め、「小沢外し」を画策し始めた。この党内抗争は4カ月後の党代表選で、菅氏が小沢氏に競り勝ったことで雌雄を決した。

「民主党は衆院選で308議席も取ったんだぞ。勝ちすぎたんだよ。小沢が党を出ていったところでビクともしない」

反小沢系議員の1人は当時、「小沢外し」の貫徹を宣言した。308議席は、反小沢系には「盤石の数字」と映った。小沢氏にとっては、せっかく築いた権力構造のタガを破壊しかねない「危うい数字」だった。数は同じでも、両者が見ている風景は違った。

民主党は今や衆院で250人。単独過半数割れまで11人に迫り、政権を維持できるか微妙な数となった。消費税増税だけでなく、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加や原発再稼働でも党内の亀裂は深い。「野田佳彦首相は遠心分離機」。そんな社民党の福島瑞穂党首の言葉は、もう冗談に聞こえない。

さて、永田町の関心事は次の衆院選である。数の話を続ける。

衆院選を経ても、政界再編が起きなければ、参院の各党の勢力図は来年夏の参院選まで変わらない。極言すれば、仮に「大阪維新の会」が衆院で過半数をとっても、参院の議席はゼロ。もう少し現実的に眺めると、自民党は衆院選で政権復帰を伺う数を得ても、参院で多数を占めない限りあらゆる法案の成立が見通せず、「与党のうまみ」を十分に甘受できない。

参院で過半数を確保するには122が必要だが、現状では民主党も自民党も90人に届かず、公明党は19人。参院の数から逆算すると、衆院選後の民自公連立政権は現実味を帯びる。その場合、民主党は与党第2党となる公算が大きい。「第2自民党」に成り下がった民主党に国民が再び歓呼することはなかろう。

小沢氏は「政権交代可能な2大政党制ができなければ死んでも死にきれない」と公言してきた。だが、「2大政党制を死なせた政治家」として後世に伝えられるかもしれない。いずれにせよ、どこかの政治家が「勝ちすぎた」とうなる局面はしばらくなさそうだ。(産経)>

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