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こんな日本に誰がしたのだろう  古沢襄
東日本大災害が残した爪痕は、三陸沿岸の漁業者だけでなく、北上山系の畜産農家や奥羽山系の旅館業者にも大きな打撃を与えていた。しかし四日間の東北の旅でふれあった人たちの表情は、苦しさを心の底に持ちながら意外と明るい。

昨年の東北の旅でも大災害から黙々と立ち直ろうとしている東北人の顔つきが、東京などでみる”ふやけた”若い男女と違って、男は精悍な面構え、女は凜とした顔つきになっていた。それが一年以上も経った今日も変わらない。

災害は人を強くする面がある・・・考えてみれば京都の王朝文化が栄えた頃から東北は化外のまつろわぬ民の土地でした。その中で北の王者・安倍一族が独自の文化圏を作り、藤原三代の栄華を残しております。その平泉文化も鎌倉の頼朝勢によって滅ぼされ、明治維新でも会津の白虎隊の自刃の悲劇など、最後の賊軍の汚名を着せられています。

東北に住む人たちにしてみれば、この土地の歴史は災害に見舞われ続けた”忍従の歴史”ともいえます。東北の祭りは、この土地がうんだ素晴らしい芸術といえるのですが、青森のねぶた、秋田の竿燈、男鹿のなまはげ、山形の花笠祭り、八戸のえんぶり、北上の鬼剣舞にも何か独特の鎮魂の響きがある。

その陰影が東北の祭りの素晴らしさのバックボーンを成している。

梅原猛さんは「詩の世界で東北は日本の王者。明治以降の詩人の名前をあげてみたまえ。石川啄木、宮沢賢治、土井晩翠、斉藤茂吉・・・すべて東北人である。東北は詩人を生み、詩人を育てたのである」「詩人とはいえないが、太宰治や棟方志功も東北が生んだ詩心の持ち主だった」と言った。

東京で生まれ、東京で育った私なのだが、毎年、引き寄せられるように東北の旅をしてきた。「来年は三人で津軽に行きましょう」と西和賀町の高橋定信前副町長が言ってくれた。三人とは定信さんと私、それに高橋繁前町長。津軽は東北の心を色濃く残す土地柄である。

東北新幹線で新花巻から乗って三時間、東北の心の余韻を噛みしめて、上野から常磐線に乗車したのだが、まだ正午過ぎというのに”ふやけた”若い男が口を半開きにして寝ている。私はステッキで思い切り叩きたい衝動に駆られる。隣は中国人の男女なのだろう、ペチャクチャ喋りつめてうるさい。腹が立って東北の心の余韻が台無しになってしまった。こんな日本に誰がしたのだろう。

杜父魚文庫
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