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陳光誠事件からの教訓とは(完)  古森義久
中国の盲目の人権活動家、陳光誠氏をめぐる米中間の騒ぎはまだ決着をみていません。しかしこの事件はなにを残すことになるのでしょうか。

そこから生まれる教訓とはなんなのでしょう。その点では「陳事件の5つの教示」を書いてきましたが、以下はその最終部分です。

陳氏が北京の米国大使館に逃げこんでからの中国政府の対応を見ても、とにかく自分たちの権力に恭順しない人間への徹底した抑圧が浮き彫りとなった。 中国当局は陳氏一家を北京の近くの天津市あたりに住ませて、監視下に置こうという措置を米側に提案していたのだ。陳氏の抗議の言動をすべて抑えようという 意図が露わだった。

こうした中国共産党の独裁と抑圧は、単に中国内部の問題ではなく、国際社会全体が人類共通の規範とする基本原則にも違反する重大課題となってく る。つまり、日本の私たちも発言してしかるべき普遍的な課題となってくるわけである。当局への国民の反抗をまったく許さないという非民主主義の峻烈なシス テムが示されたということだろう。

<<力強い人権擁護勢力の言論と活動>>

第5の教示は、国際的な人権擁護勢力の健在ぶりである。中国共産党が自身の権力独占の永続的な保持のためにこれほど抑圧を徹底させても、米国に は、さらには国際的にも、人権尊重という大原則から中国側のその独裁を厳しく批判する勢力が存在するということだ。この点は第4の教示の逆説とも言える。

私が傍聴した前述の公聴会には陳氏を支え、中国当局の弾圧を糾弾するための証人たちが並んでいた。そのうちの1人がボブ・フー氏だった。もう1 人、米国在住の中国女流作家のヤンスエ・カオ氏がいた。中国では曹雅雪という名前だった。北京大学を卒業して1990年頃に米国に留学し、結局、定住して 米国籍になったという同氏も、中国の独裁を激しく非難した。陳氏が北京の米国大使館を自発的に離れたわけではないことを証言したのは、このカオ氏だった。

カオ氏は山東省にいた陳氏の甥に米国から電話をし、「陳氏が大使館を出たのは、そのままだと夫人に危害が及ぶからだった」という証言を得た。そして「私はもう米国籍となったのであえて述べるが、米国人として自国の政府がこれほどの人権弾圧を座視するのを見ることはあまりに恥ずかしい」と証言したのだった。

オバマ政権の対応を「軟弱すぎる」とする非難だった。中国人だった人物からの中国批判だから説得力があった。議会側へのインパクトも大きい証言だった。

同公聴会には陳氏への人権弾圧に抗議する側として国際的な人権擁護団体の「アムネスティ・インターナショナル」や「人権ウォッチ」の代表たちも証人として出席していた。それぞれに迫力のある中国政府批判の証言をしていた。こうした人たちが政府の言動を変え、あらたに動かしていくのだと感じた。

今回の陳光誠氏の劇的な動きは上記5点のような意味を持つと実感したのだった。(終わり)

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