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日本軍は売春宿を経営せず 渡部亮次郎
戦時中、陸軍を追いかけさせられた女郎は沢山いたし、韓国(当時は日本人国籍)女郎もいたが、軍が女郎をかき集めたり女郎屋を経営したりしたことは無かった。だから当時を知る人たちは「従軍慰安婦」とはなんぞや、と聞いてくる。

女性問題で総理の椅子を喪った宇野宗佑(うの そうすけ)という政治家は、それなりにさばけた政治家。今どき、あれほどの政治家はなかなか育つまい。

私がNHKで自民党の実力者河野一郎(こうの いちろう)を担当した時、宇野は河野の秘書から代議士に当選したばかりだったが、既に政治歴はすでに滋賀県会議員を2期務めた経歴があり、河野の信頼は抜群だった。

両国にとって永年の懸案だった日韓基本条約締結の陰の功績者は宇野である。

「ウィキペディア」によれば

<宇野は1929(昭和4)年に吉身尋常小学校に入学。このころから成績がよかった。絵もうまく『少年倶楽部』に漫画を送ってよく当選し、このころに乗馬も覚えた。

1935(昭和10)年に滋賀県立八幡商業学校(現滋賀県立八幡商業高等学校)に入学。中等学校時代は映画に夢中になり、剣道を始めるようになった 。1940(昭和15)年に彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)に入学し、2年生のときに全国高商剣道大会で初の全国優勝に導いた。

宇野は外交官を目指して、1943(昭和18)年10月に旧制神戸商業大学(現神戸大学)に進学。しかし2か月後の 1943(昭和18)年2月1日に学徒出陣により敦賀連隊に配属された。

満州の新京経理学校で主計将校として訓練を受けた後、12月に主計少尉として朝鮮北部の連浦連隊に配属された。

1945(昭和20)年の終戦後、8月23日にソ連軍により武装解除され、4日後に朝鮮の宣徳収容所に入った。ソ連の船に乗り、10月7日にナホトカに上陸してマラザ収容所に入所した。それから2年間ソ連に抑留された。

1947年(昭和22年)7月28日に収容所から出所、10月15日に帰還船「信洋丸」で帰国した。

1948(昭和23)年11月に自身の抑留体験を綴った『ダモイ・トウキョウ』(ロシア語で「東京に帰る」の意味)を出版。この本は1952年(昭和27年)に阿部豊によって『私はシベリアの捕虜だった』というタイトルで映画化され、大きな反響を呼んだ。

1949(昭和24)年2月22日に裏千家十三世圓能齋千宗室の姪・廣瀬千代と結婚。馴れ初めは、シベリアに抑留されていた広瀬の兄の帰還を、北野天満宮に祈願していたことからだった>。

河野派担当記者として、宇野とは銀座や六本木でしばしば痛飲した。そうした間に宇野は従軍体験を自ら語った。私は彼より14も下だから軍隊経験は皆無。秋田では9つ年上の大先輩が予科練に行ったのを知っているだけ。

朝鮮北部では既に将校だったから、日本人の女郎を抱いた。「兵は朝鮮ピーや」と宇野。女郎は軍の所属ではないが、引き連れる親父は女郎を連れて、軍を何処までも追いかけてきた。

女郎たちは本土でよりも多く稼げたから、悲しんでいる風はなかった。事情は朝鮮ピーも同じで、既に親によって女郎屋に身売りされ、その後、経営者に引率されて将兵を追っているのであって、決して拉致とか収容されてここにいるわけじゃなかった。

これらを見ている軍の上層部は、「ルーデサック」と称する性病予防具を支給はするが、それ以上はすべて見て見ぬふりをしただけだった。女郎屋を管理するとか経営するとかは絶対しなかったという。

だから日本軍がいわゆる「従軍慰安婦」なるものを引率しながら戦争をしたという事実は断じて無いというのが当時の現場を知る人たちの述懐だ。女郎屋の親父に引率されて女郎たちが兵隊を追っかけていたというのが事実だった。

従って政府であろうが誰であろうがいくら調べても「従軍慰安婦」を裏付ける証拠は出てくるはずが無い。それなのに、折角でっちあげたことをばらされたら却って困る事情を抱えている国があるからである。だからこの問題の「解決」はあり得ない。

宮澤内閣当時、韓国政府に阿る形で河野洋平官房長官が、ありもしなかった軍管理の慰安所があったようなあいまいな談話を出してしまったことが災いを今日に及ばさしめている。罪の誠に深い談話なのである。

杜父魚文庫
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