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日替わりメニューの様にコロコロ代わる日本の首相  古沢襄
六年前のイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙の論評を読み返している。六年前といえば、日本では戦後生まれの安倍首相、ドイツでは女性宰相となったメルケル首相という指導体制の下で、安全保障の新しい取り組みが始まっていた。

日本では日替わりメニューの様に首相がコロコロ代わったが、ドイツはまだメルケル首相がEUの指導的な立場についている。財政・経済政策のことは、ここでは触れていないが、英国紙が日本とドイツが、戦後何年もタブー視されてきた国家利益についての議論を、国民が受け入れるようになったという世論の変化に注目していた。

日本もドイツも米国が作った(あるいは米国の圧倒的な影響下で作った)憲法を持っている。そして米国はどちらの場合も、両国の軍国主義的な伝統に終止符を打つ憲法や基本法を押し付けておきながら、以来ずっと、軍事力を増強するよう両国に揺さぶりをかけ続けてきた。

ドイツは欧州連合(EU)に北大西洋条約機構(NATO)という、多国間同盟の網の中にしっかりと組み込まれている。周辺は友好国に囲まれ、あからさまな敵国はいない。

その一方で、日本の周辺には敵対国や、日本を警戒する国ばかり。唯一の支えは米国との二国間同盟のみだ。英ウォリック大学のクリストファー・ヒューズ博士によれば、核保有議論を話題にしているのは日本の国民や政治家というよりも、日本のメディアだと指摘している。通常兵器に関する安倍首相の見解は、特に大転換というわけではない。

日本の国際的な役割をどう拡大すべきかという議論は、日本社会にそれほど深く浸透していない。というのも日本の社会は依然として、きわめて反戦的・反軍隊的だからだ。

ドイツは戦後ずっと抱いてきた軍事活動への消極性をそろそろ捨てて、連邦軍を海外に展開していかなくてはならないと、ドイツは政府は公式に表明した。

フィナンシャル・タイムズ紙が指摘した日本とドイツの分析は六年後の現在でも色褪せていない。日本の場合は安倍政権からむしろ後ろ向きに後退した観がある。あらためて、この論評を読み返すべきだろう。

■(フィナンシャル・タイムズ 2006年11月15日初出) スティーブン・フィドラー

第2次世界大戦の敗北から60年以上たって、日本とドイツは遂に、戦後引きずり続けてきた足かせを外そうとしているようだ。ここ数週間ほど東京とベルリンから聞こえてくる両国指導者の発言は、自分たちの経済力に匹敵する軍事力の開発を目指しつつあるらしいという、シグナルにほかならなかった。

日本では新しい総理大臣が、目前に立ちはだかる脅威に直面していた。つまり北朝鮮が、核兵器を爆破させる能力を公式に実証したのだ。先月の核実験によって日本では、核兵器を保有すべきかの議論が浮上した。また、フィナンシャル・タイムズ(FT)とのインタビューで安倍晋三首相は、日本の軍事力増強を制限する憲法条文の改正を任期中に目指すと発言した。

一方のドイツでは、アンゲラ・メルケル首相率いる内閣が、ドイツ軍の国際的役割を拡大する政府白書を閣議決定。軍の海外派遣に関する12年ぶりとなる政府白書は、テロ拡大や大量破壊兵器の拡散などドイツを取り巻く安全保障情勢の激変について「ドイツ直近の環境だけでなく、国際社会全体の安全保障に影響している」と指摘。実効的な軍隊の存在は「ドイツが置かれている環境に大して、積極的に働きかけていこうというわれわれの安全保障政策に不可欠なものだ」としている。

こうした展開は、軍事国家としての両国の伝統が20世紀にどれほどの破壊をもたらしたかを思うと、戸惑いを呼ぶものではある。しかし中国などの周辺国は日本の動向を注視するはずだが、ドイツの周辺国はドイツの軍事力増強を歓迎するはずだ。米国も同様だ。米国は、日独両国が世界の治安維持について相応の負担を請け負っていないことが不満で、もっと大きな安全保障上の役割を担うよう両国に求め続けているからだ。

両国の変化はどちらも、軍国化が一気に高まる予兆などではない。両国の変化は、1992年にカンボジアで国連の平和維持活動に参加し、戦後初めて部隊を海外派遣して以来、徐々に積み重ねてきた変化を反映したものだ。

しかし日独両国政府の最近の動きは、両国で戦後何年もタブー視されてきた(あるいは実現不可能だった)国家利益についての議論を、国民が受け入れるようになったという、その世論の変化を示している。

両国が歴史的に同じような経過をたどってきたことは紛れもない事実だ。日独は共に、米国が作った(あるいは米国の圧倒的な影響下で作った)憲法をもつ。そして米国はどちらの場合も、両国の軍国主義的な伝統に終止符を打つ憲法や基本法を押し付けておきながら、以来ずっと、軍事力を増強するよう両国に揺さぶりをかけ続けているのだ。

日本でもドイツでも、反戦・反軍事の伝統は単なる法律や憲法条文の問題にとどまらない。国民の多くが、第2次世界大戦の教訓を深く真剣に受け止めているのだ。そして米国とは対照的に、日本人もドイツ人も、国際紛争の解決手段として軍事力が果たして有効かどうか、かなり疑わしく思っている。

しかし両国では最近、きわめて重要な世代交代がついに実現した。これは冷戦終結をきっかけとする戦略の変化に匹敵するほど、大きな分岐点となる。つまり9月に就任した安倍首相と、11月で就任1年を記念するメルケル首相は共に、日独初の戦後生まれ首相なのだ。

しかし日本とドイツでは、共通点よりも違いの方が多い。ドイツは欧州連合(EU)に北大西洋条約機構(NATO)という、多国間同盟の網の中にしっかりと組み込まれている。周辺は友好国に囲まれ、あからさまな敵国はいない。その一方で、日本の周辺には敵対国や、日本を警戒する国ばかり。唯一の支えは米国との二国間同盟のみだ。

1992年〜1998年にドイツの国防相を務めたフォルカー・リューエ氏は、日独の状況は「全く違う」と言う。冷戦中の西独は日本と違い、大軍を素早く動員する能力をもっていた。兵130万の軍隊を7日間で動員することが想定されていたのだ。

デンマークやオランダといった隣国は、ドイツに軍事予算を増強するようさかんに求めている。日本の周辺国が同じようなことをするとは、とても考えられない。さらに、日本と同時にカンボジアで戦後初めて軍隊を海外派遣したドイツは、その後も多くの平和維持活動に部隊を海外派遣してきた。

しかし北朝鮮の核実験によって、日本でも軍備増強の議論が切迫感を帯びるようになった。軍事力拡大の主な障壁となっているのは、1947年に施行された「平和憲法」の第9条だ。この9条は「日本国民は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言。さらに「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と続いている。

フィナンシャル・タイムズとのインタビューで安倍首相は「9条は、日本を守るという観点から改正する必要がある。また、日本に国際貢献を期待する国際社会の期待に応えるという観点からも、改正の必要がある」と発言。任期中の改正を目指すと述べた。

日本の憲法9条は1950年代以来、自衛隊の保有を認めるものとして解釈されてきた。しかし自衛隊が国際紛争の解決手段になることは認められていない。このほかにも、法律ほどの強制力はないが変更するにはかなりの政治的な犠牲が必要だという原理原則が、時代を通じていくつか積み上げられてきた。たとえば1976年に掲げられた「防衛費1%枠」は、1986年に1回だけ破った以外は尊重されてきている。また日本は「軍事大国にならない」という表明も、繰り返されている。

法律ではないが政治的にきわめて重みのある原則としてはさらに、いわゆる「非核三原則」がある。日本は核兵器を「持たない、作らない、持ち込ませない」というものだ。しかし実際には、核兵器を搭載した米軍艦の日本領海通航は認められており、「持ち込ませない」原則はすでに破られている。

その気になればあっという間に独自の核抑止力を持てるだけの技術力が日本にはあるというのが、一般的な理解だ。しかしそれでも日本は常に、米国の核の傘に頼ることを選んできた。また米政府側も、北朝鮮の核実験後ただちに、米国は日本を核の傘で守る意思があると改めて強調した。

それでも、北朝鮮の核実験によって日本では核保有議論が再燃した。しかし英ウォリック大学のクリストファー・ヒューズ博士(地域化とグローバリゼーション研究所)は、核保有議論を話題にしているのは日本の国民や政治家というよりも、日本のメディアだと指摘。通常兵器に関する安倍首相の見解は、特に大転換というわけではないのだという。1990年代初めから半ばにかけて、日本は安全保障を自国領のみだけではなくアジア全体で考えるようになった。また2001年9月11日の米同時多発テロ以来、米政府の要請を受けた日本は世界規模の安全保障により関わっていくようになった。

しかしその貢献はまだ慎ましいものだし、自衛隊はきわめて厳しく限定された交戦規則によって行動を制限されている。最新の国連統計によると、自衛隊は現在、中東のゴラン高原に31人を派遣しているのみ。それに対して世界中の国連平和維持活動に派遣されている各国軍の人員は、計7万7000人に上る。また米軍主導の連合国軍とイラクで行動をともにした自衛隊の600人は2年の間に一度も発砲せずに済ませた。

一方で、日本の国際的な役割をどう拡大すべきかという議論は、日本社会にそれほど深く浸透していない。というのも日本の社会は、ヒューズ博士のいうように依然として、きわめて反戦的・反軍隊的だからだ。

しかし日本が海外で存在感を強めていかなくてはならないのは、これは避けがたいことのようだ。理屈の上では日本は、国際社会で独自路線を進むことも、多国間の関係を重視する路線も選べるはずだが、現実的には今まで以上に米国と絡まり合っていくしかないだろうと、ヒューズ博士は言う。

米政府に「取り込まれる」ことへの抵抗感は、日本国内でずっと根強くあるが、それでも、両国の関係はさらに密度を増すしかないというのだ。たとえば日本が米国のミサイル防衛システムに参加するなどが、その一例だ。さらには、北朝鮮による挑戦を受けて、日本政府はこれまで避けてきた戦争計画などきわめて具体的な作戦の詳細についても、米政府と協議していかなくてはならなくなる。

一方でドイツにとっては、戦略上の課題はそれほどはっきり明白ではない。日本に比べてドイツはすでに軍の国際展開をかなり進めてきたからだ。現在ドイツ軍は兵9000人以上を多国籍の活動に派遣している。アフガニスタンに3200人、コソボに2850人、レバノンに1000人以上、ボスニアに875人、コンゴに750人を派遣しているほか、国連レバノン暫定隊の支援に海軍部隊を派遣している。国内総生産(GDP)に対する国防予算の比率は2004年で1.4%。英国の2.3%やフランスの2.6%よりは少ないが、日本よりは多い。

軍事的役割の拡大に対する法律の規制も、ドイツは日本ほどではない。1949年制定のドイツ連邦共和国基本法は第87a条で、「連邦は国防のために軍隊を所持」すると簡潔に規定している。しかし英国際戦略研究所(IISS、ロンドン)のバスティアン・ギーゲリッチ氏は、この条文がドイツ軍の海外展開を妨げてきたという考え方は、法律上の規制というよりは政治的な解釈の問題だと指摘する。

1994年7月、ドイツの連邦憲法裁判所はついに、ドイツ軍の「域外」活動を妨げるとされていた法的規制を解除する判例を下した。国際活動への参加は、集団的安全保障の枠組みの中で行われる限り、この基本法に沿っているという解釈が示されたのだ。集団的安全保障の枠組みとはこの場合、国連やNATO、EUのことだ。

ドイツ政府が今回新しく承認した政策白書は、通常的に海外派遣が可能な兵力を現状の9000人から1万4000人に増強することを主張。その場合、約25万人の兵力は3つに分けられる。3万5000人が緊迫性の高い、いわゆる「高強度」な事態に対応可能な対応部隊を作り、7万人が安定化部隊となっていわゆる「低強度」な平和維持活動を担当するほか、14万7500人が支援部隊となるというわけだ。

白書の内容のほとんどは、すでに実施されているドイツ軍改革の内容を公式に追認するものだった。しかし白書は同時に、なぜドイツ軍の海外展開を増強するのかについて、テロの拡大や大量破壊兵器の拡散などに対抗するという戦略意図を明示。白書はさらに経済的な理由についても、「ドイツの経済繁栄は、原材料やモノ、アイディアへのアクセスに依存している。

このため、思想や考え方が平和的に切磋琢磨しあい、自由貿易体制と自由な交通ルートが確保されている世界を維持することは、根本的にドイツの利益にかなうものだ」と説明。自らの国家利益がこういうものだと明言するのは英国やフランス、米国では当たり前のことだが、ドイツでは珍しいことだとギーゲリッチ氏は言う。

ドイツは戦後ずっと抱いてきた軍事活動への消極性をそろそろ捨てて、連邦軍を海外に展開していかなくてはならないと、ドイツは政府は公式に表明した。しかし世論の支持は薄そうだ。シンクタンク「アスペン・インスティテュート・ベルリン」のジェフ・ゲドミン所長は「国内に大きな支持基盤があるとは思えない」と話す。

たとえばドイツ連邦軍のアフガン派遣がその一例だ。アフガニスタンに展開する国際治安支援部隊(ISAF)所属のドイツ軍兵士が人間の頭蓋骨を冒涜(ぼうとく)する様子をとらえた写真が新聞に掲載されると、ドイツ国民は強い嫌悪感を示した。ゲドミン氏は、アフガン派兵に対するドイツ世論の支持はもともと「薄い」ため、今回のような事件で支持が覆ってしまう可能性もあると指摘する。

ギーゲリッチ氏も同意する。「アフガニスタン派兵の目的は復興支援だというのが、ドイツ人の共通認識だ。ドイツ兵が誰か死んだり、ドイツ兵が誰かを殺したりという事態は想定されていない。もし現実の状況が変わってしまえば、派遣に対する国民の支持は低下し、ドイツ政府はかなり重大な内政問題を抱え込むことになる」。

国内の支持が盤石でないだけに、ドイツ政府はアフガニスタン国内のどこに部隊を展開するかで非常に神経質になっている。ドイツ軍部隊は現在、比較的治安の安定したアフガン北部に配備されていが、英国やカナダなどNATO同盟国に協力してはるかに危険なアフガン南部に部隊を送り込むか、ドイツ政府はためらっているのだ。同様に国内世論への配慮もあって、ドイツ軍は作戦行動の範囲をきわめて厳しく制約されている。

リューエ元国防相は、ドイツ軍がアフガニスタンでもっと積極的に戦闘活動に参加できるよう政府が状況を整えなかったのは、「指導力の欠如」だと批判する。NATO同盟国の間でドイツ軍の評価低下にもつながるという。

アフガン派遣でドイツが直面する複雑な状況は、ドイツ軍の海外展開にはこうした国内政治の問題が常につきまとうものだと、改めて強調することになった。同様に、軍事嫌いの日本人に、もっと積極的に活動できる軍隊が必要だと説得しようとしても、やはり国内政治が障壁としてつきまとうだろう。

日本とドイツが、第2次世界大戦の遺産としてずっと抱いてきた嫌悪感や抵抗感は、少しずつはがれ落ちている。これは日本とドイツが「普通の国」になりつつある兆候だと、よく言われている。しかし完全に「普通」な国になるまでの道のりは、決して平坦ではあり得ないようだ。

■注記=フィナンシャル・タイムズ (The Financial Times、FT) はイギリスで発行されている日刊新聞。紙の色がサーモンピンクであることで有名である。出版社などを傘下に持つイギリスの複合メディア企業のピアソン PLCの傘下にある。経済新聞として定評が高く、ニュースの信頼性も高い。本社はロンドンにあるが発行部数はイギリス国外の方が多い。

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