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習近平の「太子党」は二派に分裂している   宮崎正弘
「太子党」は二派に分裂、習近平を囲む劉源派と胡耀邦の息子(胡徳平)派。太子党のバックにいる長老格は曽慶紅(元国家副主席)という陰謀家。

習近平は朋友、薄き来を失って悄然としており、これは中枢の権力闘争で、胡錦涛率いる共青団のセクト争い上の勝利という解説が多いが、はたしてそうか? 

習近平にとって同じ太子党のライジングスターであり、一方はカリスマ性に富んだ薄き来は潜在的ライバルであり、その失脚は将来のナンバー2を未然に消したという意味では、むしろ歓迎するべき事態ではないのだろうか?

習のまわりを囲む忠臣集団のなかで、軍で台頭めざましいのは劉源(上将。総後勤部政治主任)である。

劉は毛沢東の最大の政敵=劉少奇の息子である。習近平の父親は劉少奇派であり、毛沢東ににらまれて文革で痛めつけられた。そういう親をもつ文脈でも、また習と劉は幼友達であるという文脈でも、これからの中国では強い朋友となるだろう。

さて話題の本がある。

劉少奇は民主化を目指した偉大な指導者だったという中味の新書『改造我門的歴史文化観』を著したのは張木生(元中国税務雑誌社社長)だ。この書物に長い序文を寄せたのが劉源。つまり張木生は劉源のスポークスマンである。

この書物から感得できることは、太子党の劉源派につどう少壮党員、軍人等は「新民主主義」なる概念を唱え、きわめて軍国主義的かつ国家主義的色彩が強いことである。

民主主義を提唱しながらも、それとは矛盾する軍国主義化を中国は目標とするべきと獅子吼しているのだが、これは『太子党』の総意ではない。

かれらは胡錦涛・温家宝の「保八路線」(経済安定化)を「軟弱であり、危機を目前にして対策がのろく、無作為である」と批判する一方、自分の親たちを失脚させた紅色政権(共産主義ドグマの独裁)には批判的である。したがって「新民主主義」なるものが「共産主義」ドグマの桎梏から超越できる新しい哲学的概念であると自画自賛し、また中国共産党の合法性も同時に主張する。

論理構造は支離滅裂としか言いようがないけれども、その論理的矛盾にはかまわず、新しいドグマを提唱しているところに特徴がある。

その矛盾の最たるポイントは、太子党のなかでも文革で失脚した親をもつグループをかばう点である。事実、劉源らは薄き来を失脚直前まで支持した。

▼蘇る胡耀邦が「民主化」のグループを糾合するバネに

他方、太子党なかの多数派は胡耀邦の息子=胡徳平ら。このグループの主張は「自由民主」を訴える開放性にある。

これは胡耀邦時代の中央宣伝部長だった朱厚澤が主導した考え方で、胡徳平に多大な影響を与えたとされる。胡徳平は米国留学中、『中国之春』など民主化政治組織と地下で連帯していたという説があるほどに。

留学を終えて帰国した胡徳平は、「中国的民主化」をキャッチフレーズに党内の民主派の形成に努力し、太子党民主派の領袖と見なされる。

薄一波(薄き来の父親)は文革で失脚十六年後、トウ小平復活とともに復権し、中央舞台での権力を回復したが、かれは胡耀邦を批判し、辞任を要求した。

この経緯から、薄き来は胡徳平とは最初からそりが合わず、一時期、習と薄が親しかったため、次期習政権で胡徳平が重要視される可能性は低いとみられる。

習近平の父親、習仲勲は『劉志丹事件』で失脚したが、副首相として復活後、トウ小平にぴったりと寄り添って改革開放を主導し、とくに深セン経済特区の設立には多大な努力をなした。

経済改革には開明的で広東省の経済モデルを全国に広げることを提唱し、当時の党内の老人等を説得して歩いた。

とはいえ太子党が人脈的対立構造を内包しながらも『現状維持』「特権継続」「党独裁堅持」という諸点では利害が一致しており、その最大公約数的合意とは「特権を維持する」目的に置かれる。

このためには彼らは思想的政策的小異をすてて大同する。つまり習近平はその代表格であり「維持会長」というニックネームもある。

▼太子党内党に民主化を希求する前衛的集団あり

こうした趨勢に背中を向ける動きもある。典型例は太子党の有志らが組織した全派閥横断的、全セクト網羅的な太子党の友誼サークルの「延安児女連誼会」である。

最初は北京のエリート校の同窓会的組織だったが、党高官子女がつどう全国的組織となり、現在の会長は胡僑木の娘、胡木英。

2012年春節に開催された総会には1200名が集まり、胡徳平のほか、陳毅の子、陳昇蘇、馬文瑞(陝西省書記)の子、馬暁力らがあつまった。

馬暁力は太子党のなか、最右翼の民主派に属し、「われわれの政権は特権階級のためにあるのでなく、人民のために尽くす政権としなければなるまい」と述べて、会場には習近平の姉、習乾平らもいたが、構わず、会場では胡耀邦、趙紫陽の民主化を評価する声があちこちにあがった。

馬暁力の父親、馬文瑞は延安時代に、習仲勲の同士であり、生死を友にした戦友でもあり、ふたりとも『劉志丹事件で失脚させられたという因縁でも通底している。

しかし馬はこう述べたのだ。「われわれは蒋介石の二代目、蒋経国に学ばなければならない」。つまり台湾民主化は経国の決断で本省人李登輝を後継指名したところから開始された点に次の中国の政治的改編のポイントがあると示唆しているのである。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 15:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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