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「水に落ちた犬」は打たれる 薄き来をまつ運命は?  宮崎正弘
薄き来解任は「王楽泉モデル」、それとも「楊白氷モデル」?いずれ政治局員からも放り出す構え。「水に落ちた犬」は打たれる。

薄き来更迭の人事は15日に中央が決定し、李源潮・党組織部長が発表した。直後、新華社は一行でこのニュースを伝えた。ただし「重慶書記の兼務を再任しない」という発表で、政治局のポストは剥奪されていない。
これから彼をまつ運命は? ならば「楊白氷モデル」か、それとも「王楽泉モデル」となるか?

1989年天安門事件で学生の民主化要求を踏みにじり、軍事力による事態収拾を提議したトウ小平に追従し、主導権をとった楊尚昆・国家主席は軍事委員会中枢を占め、弟の楊白氷は同委総政治部主任、北京軍区政治主任と兼任で軍事委員会秘書長となった。兄弟の出世は周囲からねたまれた。

1992年に江沢民が招集した軍事委員会(主任は江沢民だった)で反対意見を述べるなど傲慢さをみせ、トウ小平の怒りをかって降格、ヒラの軍事委員会委員だけは残されたが、翌93年、定年退官とともに、いかなるポストも与えられず、楊白氷は静かに引き下ろされた。時間をかけての軟着陸人事でもあった。

王楽泉のケースは2009年のウィグル暴動が発端である。

新彊ウィグル自治区に君臨し、一族で利権を漁った王楽泉(新彊ウィグル自治区党書記)は、イスラム原理主義、独立運動家らを拘束・拷問し、テロリストと呼んで死刑にしたり、やりたい放題。そのあまりの腐敗と汚職体質は古くから北京中央も知っていた。
 
同年7月に広東省でおきたウィグル人労働者殺害事件で、日頃の差別に不満を持っていたウィグル人労働者、活動家らが一斉に立ち上がり、あわてた軍は鎮圧部隊を現地に派遣した、軍事力でねじ伏せた。
 
この時、外遊中だった胡錦涛にかわり軍事作戦の指揮を執ったのが習近平で、おろおろするばかりで危機管理能力を疑われた。

この暴動を切っ掛けに王楽泉更迭がなされ、政治局員のポストはそのままに、まったくの閑職に追いやられた。すなわち「王楽泉モデル」が適用された場合は、薄き来は政治局には留まるが、閑職ポストに追いやられ、事実上の政治力を失うだろう。

杜父魚文庫
| 宮崎正弘 | 08:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |







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